第一節 旅立ちの日に

宇宙…何処までも広がる漆黒の闇と美しく輝く星々の世界
ここは太陽系中円部冥王星族領域…旧世紀の呼び名ではカイパーベルト領域とも言うか。
地球時間西暦2107年8月6日人類はついに有人による恒星間飛行へと旅立とうとしていた。
旅立つ船はアメリカ合衆国NASAの亜光速船ワシントン。初代大統領の名を冠するまさに開拓者である。

船内には3人の男性と一人の女性。船内の先端の位置にある席に座った男以外は白人である。
その黄色人種と思われる男が口を開いた。「いよいよですね…これから20年をかけてαケンタウリを…」
「往復して地球へ帰る。20年も禁欲生活だ。こいつはつらいぜ」
別な男が口を挟んだ。むっとした様子で振り返る黄色人種
「口を挟むなよケント、せっかくいい台詞を言おうとしたのに。」
「ははは、スマン、カンジ。」
どうやら口を挟んだ男の名はケント、黄色人種の名はカンジというらしい。
「20年と言っても我々にとってはほんの数週間に過ぎん…」
もっとも年齢の高そうな男が口を開いた。
「ウラシマ効果、または双子のパラドックスって奴ですね、ギブソン隊長?」
ケントが得意げに語る。
ウラシマ効果…アインシュタインが提唱した特殊相対性理論によると光の速さに近づく物体の時間は遅れる。
簡単に言ってしまえばこれだけだが非常に難解な現象だ。

「ワシントンは人類史上初めて光速の98.57%まで加速する予定の船だ…」
「5年かけて加速、また5年かけて減速、それだけ圧倒的なスピード…って事でしょ?ギブソン隊長?」
ギブソン隊長と呼ばれた男の解説にケントが割ってはいる。どうやらこの男は人の話に口を挟むのが好きなようだ。
「もっとも近い恒星でも20年か…まだまだスターウォーズの世界とはほど遠いな」
笑いながらカンジが口を開いた。と、次の瞬間、警戒音アラームが船内へ鳴り響いた。
「ワシントンに接近する物体があります。速さは光速の32.15%。自然天体ではありません。」
初めて女性が口を開いた。その口調はきわめて冷静でありこの女性の性格を現していた。
「ジェイド、最接近の距離と時間を割り出してくれ。」
ギブソンも冷静であった。カイパーベルト領域で人工物と思わしきものが接近中。明らかな異常事態である。
その中で冷静に命令を下せる。ギブソンが人類初の恒星間飛行の隊長に選ばれた理由はここにあった。
「再接近は船内時間でおよそ5分後、接近距離は…!?30メートルです!!」
ジェイドと呼ばれた女性の声が荒れた。それもそのはずである。宇宙空間で30メートルのニアミス
それも光速の30%である。もはや接触と同義といっても良い。
「カンジ、ケント、エクスクルーダー出撃、対象物体の軌道をずらせ。出来ないようなら排除だ。」
「了解!!」
待ってましたとばかりに走るカンジとケント。補足だがワシントン内は人工の重力が発生しているので走ることが出来る。

SF-125 エクスクルーダー
宇宙船の通常飛行時、進路の邪魔ととなる岩石、天体を文字通り排除(exclusion)するための宇宙戦闘機である。
1分とかからず二人はそれに乗り込み発進する。さすがに手馴れたものだ。

「急ぐぞケント!時間が無い!」
「ああ、わかってるさ相棒!目標との接触は1分後!目視で確認した後、追撃だ!」
「了解!!」
カンジが操縦、ケントが指示、武器管理。適材適所である。
そして1分、徐々に目標が近づいて来た。
「来るぞ!カンジ!」
それは人工のものではあったが彼らの予想を超えたものだった。
「…宇宙船!?しかも新しい形?」
カンジは呆然とした。おそらく過去に打ち上げられ放置された無人探査機…それがカンジの、
いや全員の予想だった。
「ッ!!何してるんだ!早く追え!ワシントンにぶつかっちまうぞ!!」
ケントが叫ぶ。しかし目標から1秒ほど遅れてしまった。
「まさか…人は乗っていないだろうな?」
「本当にまさかだ!アレは漂流船だ!パイロットなんてとっくにくたばっちまってる!!」
「だが万が一って事もあるだろう!!捕まえる!!」
「正気か!?カンジ!!」
「バリアーネットを用意してくれ!ケント!!」
「いくらなんでもクレイジーだ!!相手は光速の30%で飛んでんだぞ!引っ張られてワシントンまで行っちまう!!」
「なら!レーザーで軌道を変えてから捕まえる!!これなら文句無いだろう!?」
「この距離から軌道を変えるのはかなり難しいぜ!出来るのか!?」
「もちろんだ!!」

実際、並みの…いや熟練したパイロットでもこの速度の中、しかも予定より長い距離で目標の軌道を変えるのは至難の業である。
当たり所が悪ければ目標は爆発してしまう。かと言って慎重に撃っている時間も無い。
ケントがカンジの作戦を許可したのは彼らの間に絶対の信頼があるからに他ならなかった。
「レーザー発射!!」
赤い色のレーザーを発射するエクスクルーダー。見事に目標の右をかすめた。
右側面が爆発して軌道を変える目標。同時にエクスクルーダーから光の網のようなものが展開された。
「逆噴射!!とまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
カンジの叫びとは裏腹にどんどんと引っ張られて行くエクスクルーダー。
バリアーネットで捕獲した瞬間から2分間も引きずられてしまった。
「おいおい…まさかだろ?」
青ざめた表情でケントは口を開いた。
「アレのコックピットを見てみろよ…人だぜ…」
中にはぐったりとした様子の…しかし明らかに生気のある人間が座っていた…

「エクスクルーダーからワシントンへ…接近していた人工物は宇宙船だった。」
カンジがワシントンへ通信を入れた。光速の30%といっても一応は亜光速の世界だ。静止物体への通信は出来ない。
ギブソンとジェイドは今の瞬間まで事の顛末を知らないままだった。
「宇宙船だと?撃墜したのか?」
ギブソンですら信じられないような様子だった。それもそのはずである。何度も言うがここはカイパーベルト領域。
単機の、それも小型の宇宙船が来るような場所ではない。
「いえ…」
「捕獲しましたよ。しかも驚かないでください。なんと生きてる人が乗ってたんですよ!」
またケントが口を挟んだ。
「…その様子なら問題はなさそうだな。」
やれやれ、と言った様子でギブソンが話す。それを見てジェイドもくすりと笑った。
「え?なんで問題ないんですか!?人ですよ人!」
「お前が人の話に口を突っ込むのは事態が収集している証拠だ。さっさと帰還しろ」
「あははははは」
半分あきれながらのギブソンの話し方にカンジは笑ってしまった。

帰還したエクスクルーダーから降りた二人は早速捕獲した宇宙船のパイロットを運び出した。
やせ細ったその男は、どうやらカンジと同じ東洋人のようだった。
「おい!大丈夫か!?」
返事は無い。しかししっかりとした目つきで言葉をかけたカンジを見つめた。
「どうやら、軽い酸素欠乏症と栄養失調みたいだな…」
「俺たち部屋のベットが開いているだろう?そこで栄養の点滴をするしかないな…尋問はその後だ」
てきぱきと男を運び、点滴の準備をする二人。ワシントンの乗組員全員が医師免許を持っている。
人に頼れない恒星間飛行をする為には当然である。
点滴を始めると男は安心したように眠ってしまった。それを見届け二人はブリッジへと戻った。

ブリッジではジェイドが地球へのレポートを作成していた。
現在のワシントンの位置は地球とは49天文単位、光速でも6時間もかかる距離である。
リアルタイム通信は出来ないため、地球との通信はレポートを作成し送信しあう方式が取られているのだ。
「パイロットの様子はどうだ?」
ギブソンが二人に尋ねる。先ほどの経緯を話す二人。
「そうか…その男には悪いが我々は予定通り23時間後第一次加速に入る。その後は地球とは20年間連絡が取れない…」
ギブソンの表情が曇った。男の心情を思えばこその表情だろう。
男は漂流から生還した喜びを地球で待っているであろう家族に伝えることが出来ないまま、
地球時間の20年間を過ごさなければならないのだから…

「お前たちはこれから就寝だろう?私とジェイドはお前たちが起きてからだ。ゆっくりと身体を休めるんだ。」
「了解。」
ギブソンに、そしてジェイドに就寝の挨拶をして出て行く二人。そして部屋へ戻り眠りについた。

カンジは夢の中にいた…無重力で浮いているような感覚…
そして銀河の中心部のような輝き…
ここは何処だ?そんなことを考えていた矢先、目の前に銀色の巨人が現れた。
「人間よ、ここから先へ行ってはならない…」
銀色の巨人がカンジへ語りかける
「お前は誰だ?」
「名はない…」
「ここは何処だ?」
「精神の世界…」
「なぜ俺に語りかける?」
「人間よ、ここから先へ行ってはならない…」
「なぜだ?俺たちは自分達の技術を信じてここまで来たんだ!お前に止められる筋合いは無い!!」
「人間よ、ここから先へ行ってはならない…」
「黙れ!!」
「決して…行ってはならないぞ…」
巨人は消えた。
「…夢か」
目を覚ましたカンジは周りを見回した。
いつもと変わらない風景。ただひとつ違うことと言えばケントの隣に点滴を打っている男がいることぐらいか…

「起きろ、カンジ」
ケントの声で目を覚ますカンジ。いつの間にかもう一度眠ってしまったようだ。
「変な夢だった…」
改めて先ほどの夢を思い出すカンジ。それは夢と言うより幻覚に似ていた。
「どんな夢だ?」
ケントが興味深そうな表情で尋ねる。
「いや、よく覚えていない…」
カンジは誤魔化した。別に誤魔化すような夢でもないのだが…その理由はカンジにもわからなかった。

交代でギブソンとジェイドが眠りに付く。
そして10時間後…

「我々はこれから第一次加速へと入る。これから地球時間で20年、船内時間で約3週間地球とは片方向の連絡しかできん。」
「改めて言われなくてもわかってますよ。隊長。俺達はみんな覚悟は出来ています。」
ケントが言うと同時にカンジ、ジェイドも頷く。
「…人類の未来のための大きな一歩だ。さぁ!行くぞ!!」
いつもは冷静なギブソンの声にも熱が入る。それもそうだろう。人類史上初の恒星間飛行。1世紀半前に月に降り立ったアポロ以上の快挙なのだ。

「バリアーチューブ展開!!」
ジェイドが叫ぶ。
バリアーチューブとは半光年先まで続くワシントンの航路である。透明なチューブと考えてもらえばいいだろう。
これにより宇宙空間に浮かぶ天体はもとより原子ひとつとも衝突することなく航行することが出来るのだ。
「アンチマダーエンジン点火!」
恒星間飛行のメインエンジンが点火される。
「ワシントン!発進!」
まるでハリウッド俳優のような口調でギブソンが叫んだ。次の瞬間カイパーベルト領域からワシントンの姿は消えた。

船内時間の3日間を費やし第一次加速は無事に完了しワシントンの速度は光速の80%に達した。この時点で地球では1年半が経過している。
第二次加速はすぐに行われた。エンジンを限界まで活用し最高速度、光速の98.57%まで一瞬で加速するのである。
一瞬と言ってもそれは船内時間の話であり、地球では5年が経過している。
すさまじい速さで移動し、もはや漆黒の闇しか見えない窓の外とは裏腹に船内は穏やかだった。
何も問題は起こることもなく、ワシントンは第1次減速へ入ろうとしていた。

「まだ、彼はおきないんですか?」
珍しくジェイドがケントに聞いた。
「珍しいな。君が俺に質問するなんてさ。」
馬鹿正直に思ったことを口に出すケント
「こう退屈だと、誰かに話しかけたくもなります。」
その通りだ。現在彼らの仕事は窓の外を見ること、隊員同士のコミュニケーションぐらいしかない。
「ははは。その通りだ。」
「で、彼はまだ目覚めないんですか?」
改めてジェイドが問う
「うん。脳波にも問題は無いから本当に眠ってるだけのようだ。」
「まだ、話は聞けそうも無いな」
ギブソンが話しに参加してくる。
「隊長も暇ですか?」
「わかりきった事を聞くな。そうだ、カンジはどうした?」
「あれ、さっきまで居たんだけどな…」
そういえばブリッジにカンジの姿は見当たらなかった。
彼は格納庫にいた。どうやらエクスクルーダーの整備をしているようだ。その表情はどこか虚ろである。
「人間よ、ここから先へ行ってはならない…か…」
ボソッとつぶやいた。どうやら先日の夢が気になっているようだ。
「アレは本当に夢か?やけにリアルだった…そしてこの胸騒ぎ…」
そう思うと同時に船が揺れた。亜光速飛行中である。船が揺れるなどありえるはずがない。カンジは急いでブリッジへと向かった。
「なにが起きたんですか!」
ブリッジへと駆け込んできたカンジ

「!!!!!!」
同時に言葉をなくした。正面のモニタに映し出されていたモノ、それはまさに化け物。
セミのような顔、カニのようなハサミ。それらをもちながらも人間に近いプロポーション。そして何より50メートルはあろうかと言う巨大さ、
「馬鹿な…亜光速飛行中だぞ…悪い夢でも見ているのか…」
一番最初に声を発したのはギブソンだった。
「い、いえ…確かにこれはワシントンと並列に飛行しています…」
ジェイドは事実を伝える。しかし彼女自身信じられないような様子だった。
「なにか?聞こえないか?」
ケントが何かを感じ取った。程なくして全員がその「声」を聞くことになる。
「良くぞここまでたどり着いたな、地球人」
その声は英語を話した。
「お前は何者だ!!!」
カンジが叫ぶ。なぜか彼にはこの状態で話せばそれとコミュニケーションが取れると確信していた。
「私はバルタン星人」
「バルタン星人?」
「そうだ。まずは地球人よ、ここまで来たことを褒めてやろう」
「なぜお前は俺達に接触してきた!?」
「一言断っておこうと思ってな。」
「何だと?」
「まずは説明しなければなるまい。宇宙にもルールと言うものがある。宇宙に住む知的生命体が従わなければならないルールだ」
「ルールだと?」
「自力で恒星間飛行が出来るものそれが知的生命体だ。それ以下の文明などは文明などとは言わん。君達は今、はれて知的生命体となれたのだ」
「…」
「つまり我々の仲間に入ったと言うことだ。これで太陽系は保護から外れることとなる。」
「保護?」
「そうだ。知的生命体のいない恒星系は保護される。他の知的生命体が進入することは許されない」
「!?なんだと!!」

「悟ったようだな。そうだ!もはや我々が太陽系に進行しても何の問題も無くなったわけだ!」
「!!」
「我々の惑星は小さい。もはや限界だ。そこで我々は地球をもらうことにする!どうだ!!どんな気持ちだ!地球人!!」
「きさまあっ!!!」
カンジ以外の乗組員は呆然とやり取りを聞いているだけだった。しかしすぐに自体の深刻さを理解する。
「減速しろ!!急げ!出来るだけ早く!!」
「了解!!」
ギブソンがジェイドに指示を出す。このまま飛行を続けてもバルタン星人と戦うことは出来ない。
「ふはははは!どうした地球人?今から減速しても手遅れだぞ?」
バルタン星人はともに減速してくる。どうやらワシントンをいや、地球人を徹底的に馬鹿にしたいようだ。
「ケント!カンジ!光速の50%まで減速したら、出撃だ!」
「了解!!」
格納庫へと走る二人、その表情は怒りに満ち溢れて…
一方そのころ寝室では男が目を覚ましていた。その表情は悲しみに満ち溢れていた。

船内時間で2分後光速の50%まで減速したワシントンからエクスクルーダーが飛び出した。
間髪いれずレーザーをバルタン星人へと打ち込む。しかし…
「ふははははははは!!その程度が地球人!!!」
傷ひとつ無いバルタン星人。まるで子供が蝶々で遊ぶようにエクスクルーダーをもてあそぶ。
「畜生!!あのカニ野郎!!コケにしやがって!!
ケントが激昂する。しかし感情の高ぶりだけではどうしようもない。戦力は圧倒的なのだ。
ギブソンとジェイドはワシントンから必死に声援を送るほか無かった。その心の中では死を覚悟しながらも。

5分もしただろうかエクスクルーダーを弄んでいたバルタン星人が言葉を発した。
「そろそろ飽きたな。地球は我々が立派に引き受ける。安心して死ぬがいい。」
と同時にバルタン星人のハサミから粒子状の光線が飛ぶ。
「よけきれない…」
カンジがあきらめたその瞬間。あの夢の中でであった銀色の巨人が現れた。
「お前は…」
カンジの言葉を聞いた銀色の巨人は静かにうなずいた。
「邪魔をするか!!貴様!!」
バルタン星人が襲い掛かってくる。が、難なくよけてしまう銀色の巨人。
勢い余り背を向けてしまうバルタン星人へ巨人は手をクロスさせ光線を放った。
爆散するバルタン星人。それを見届た巨人は消えていくのであった。
「助かった…のか…」
ケントが恐る恐る口に出す。
ギブソンは渋い顔を、ジェイドは涙を堪えたような表情をそれぞれ浮かべていた。
「アレはいったいなんだったんだ…?」
カンジがつぶやく。
「スーパーマン…、いやそれよりでっかいからウルトラマンか」
場を和ませようと精一杯のジョークを口にだすケント。しかしその笑顔は引きつっている。
「メシアだ」
ギブソンがつぶやいた。

第1節 旅立ちの日に終

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第2節 僕らのラブ&ピース その1
光速の20%。慣性系で運動する地球と通信が出来る最高速のスピードだ。
現在、ワシントンはそのスピードまでの減速を完了し地球との通信を開始しようとしていた。
しかし通信とは言っても片方向、それも現在地は太陽より3光年先の宇宙空間、つまり電波通信で3年もかかってしまう距離での通信なのだ。
通信の内容は先の戦闘の詳細、地球の置かれた現状、バルタン星人の存在、そして銀色の巨人についてである。
ギブソン隊長はワシントンの任務である恒星αケンタウリ系への到達を即座に中止、地球への帰還を決定した。
バルタン星人の話が本当ならば地球いや、彼らの故郷は宇宙人からの侵略にあっている可能性が高い。
帰還命令は当然の流れだろう。直ちに進路を地球へと向かわせる乗組員たち…しかし宇宙とは無常である。
予定外の可減速を行ったため、この時点でウラシマ効果による時間のずれは10年になっていた。
通信を送ってからもう4年も過ぎてしまったのである。計算では地球につくまでに後5年はかかってしまうだろう。彼らにとってはたった4日間でも・・・

「君はいったい何者だ?なぜカイパーベルト領域にいた?」
船内時間で2日後、保護された男がギブソン隊長から尋問を受けていた。隣でカンジが興味深そうな表情を浮かべている。
「ノゾム、僕の名前はノゾム・ヤマハです。」
男はノゾムと名乗った。彼の話をまとめるとこうだ。
彼は木星のヘリウムを採集する作業艦の乗組員であり、地球に帰ったことはないいわゆる「スペースチルドレン」である。
ある日、彼の乗る作業艦が謎の爆発を起こし、やっとのことで小型船に乗り込んで脱出したが木星の重力に引かれ、
偶然スイングバイを起こす軌道に入り込んでしまい、太陽系の外側へと弾き飛ばされてしまったらしい。
燃料もろくに積んでいない小型船では方向転換も出来ずに2ヶ月間も宇宙空間をさまよい、ワシントンに保護されたと言うのだ。
「確かに俺たちが出発する2ヶ月前、木星ヘリウム採集艦が謎の爆発事故を起こしています。ただ…」
「そのノゾム君が乗った小型船が、光の速さの30%まで加速した理由がわからない。そういうことだろ?カンジ?」
いつの間にか入り口にケントが立っていた。
「おい、ブリッジにいたんじゃないのかケント?」
あきれた顔でギブソンが声をかける。
「ブリッジの任務はジェイドに任せてきましたよ。どうせ監視だけだし、こっちの方が面白そうなんでね。」
「で、ケントの言うとおり、なぜ光速の30%なんてスピードになったんだい?」
カンジがノゾムに問いかける。
「わかりません・・・」

常識的に考えれば小型船のエンジン、木星のスイングバイのみでは光速の30%というスピードは考えられない。
「まぁ、いいだろ。小難しい事を考えるより今は生きていることを喜ぶのが先決だ。」
ギブソンが明るい口調でノゾムに話しかける。カンジとケントは納得していない様子だが何も言わなかった。
ノゾムの置かれた境遇を考えたからこそである。スペースチルドレンのノゾムには家族と呼べる人間はもういないのだから。
瞬間、緊急の呼び出しアラームが船内に鳴り響いき、続いてジェイドの声が放送された。
「ギブソン隊長、カンジ、ケント、至急ブリッジまで来てください。」
あわてて駆け出そうとする3人
「僕も、行ってもいいですか?」
ノゾムが声を上げた。
「ああ、かまわないさ。君もこの艦の乗組員なのだからな。」
ギブソンが笑顔で答える。やさしさに満ち溢れたその笑顔は彼の人柄によるものなのだろう。

ブリッジではジェイドがあわてた様子で計器を操作していた。
「何があった!?」
ケントが荒々しく問う。それもそのはずだ、たった二日前にバルタン星人の襲撃を受けたばかりなのだ。声も荒くなるだろう。
「通信です!私たちの日常周波数に人為的な電波が入り込んでいます!」
「どういうことだ!亜光速飛行中だぞ!」
カンジの声も荒い。
「亜光速飛行中に電波が入る。つまり電波の発信源も同じ速度で飛行中なんだ。ジェイド、急いで解析してくれ。」
ギブソンの声は冷静だった。しかし、顔は引きつっている。
「解析、完了しました…これは…映像?」
モニターに映像が映し出される。そこに映った物はサルのような毛むくじゃらの身体に、爬虫類のような鱗に覆われた顔。
明らかに地球上の物ではない生物だった。そこにいた全員の表情が嫌悪の表情へと変わった。

地球人の感覚では醜い、そう表現するほか無いのだ。ただ一人、ノゾムは表情を変えず、その生物を見つめている。
「君たちの映像圧縮方式を解読するのは非常に難しかった。言語はこれで通じているか?」
バルタン星人と同じように、その生物は流暢な英語で話しかけてきた。
「君は何者だ?」
カンジがバルタン星人のときと同じように言葉を発する。ただ違うのは「お前」から「君」に変わった事ぐらいだろう。
「私はブリダス星人。君たちの母星と交渉したい。」
「交渉だと?今お前は何処にいる?」
「私は今君たちの宇宙船の1天文単位後ろを同じ速度で飛行している。私の円盤には私の家族しか乗っていない。」
「わかった。で、何の交渉だ?」
「私たちの星はバルタン星人によって滅ぼされた。私の家族は命かながら逃げ出してきたのだ。そして今、受け入れてくれる惑星を探している。」
「俺たちの星は宇宙人との接触をしたことがない。俺たちの一存で返事は出来ない。」
カンジの判断にはギブソンも納得していた。
宇宙人との接触の経験がない地球である。攻撃的ではないと言っても宇宙人との接触は避けるべきだと考えたのだ。
「と言われても、私は君たちの船に勝手についていくつもりだ。」
「・・・そのつもりならば、攻撃する。我々は太陽系内に宇宙人を引き込むような真似は出来んのだ。」
ギブソンがしっかりとした口調で忠告する。
「やってみるがいい。悪いが、君たちとバルタン星人の戦闘は見させてもらった。あの戦闘機では私の円盤は撃墜できない。」
「・・・」

ギブソンは何も言えなかった。うかつに攻撃をして、こちらが被害をこうむることは避けたいからだ。
全員がこの状況を打開する方法を考えている。しかし交渉以外の答えを出せる者はいなかった。
「・・・僕が言うのも変ですけど、地球の偉い人たちに合わせることぐらいは出来ないでしょうか?」
ノゾムが声を上げた。
「しかし・・・」
「宇宙人って言っても同じ知的生命体です。話が通じるなら、きっと分かり合えるはずです。」
「偽善だな。」
ノゾムの言葉に対してケントが答えた。
「地球人同士ですら、経済、思想、宗教で三回も馬鹿でっかい戦争起こしてんだ。宇宙人なんかと分かり合えるかよ。」
ケントの言葉には怒りにも似た感情が込められていた。彼の両親は先の大戦で二人とも亡くなっている。
「いいえ、きっと分かり合えます!!」
ノゾムの声が荒くなった。
「わかった、ブリダス星人、君と合衆国大統領の会談の場を設けよう。」
「隊長!!!」
ケントが抗議の声を上げる
「しかし、その円盤がカイパーベルト領域から内側に入ることは許さない。それが条件だ。」
「なるほど・・・それならもしブリダス星人が何かをたくらんでいても危険性は少ないと言うわけか・・・」
ギブソンの出した条件にカンジが納得の声を上げる。ケントは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたが何も口には出さない。
「感謝する。」
ブリダス星人の表情が変わった。もっとも地球人にはその表情の変化が何を意味するのか理解できないのだが。
ワシントンは徐々にしかし確実に太陽系へと近づきつつあった。

つづく