第四十一章 やっぱり、嫌い?
分裂邪仙キオイ、鋼鈴邪仙タンリャ発現

レイハ指令房。夜。本日の夜番担当はユリノ。
「神々を超える存在」だと、あのクロサキという男は言った。
カンナ。考えるまでも無く、この少女は何処か異なる存在だ。彼女を理解できぬ余り、感情的になってしまうことも多かった。彼女は何者だろうか?
ユリノはそこまで考え、軽く自己を嫌悪した。
自分は今、カンナと自分の間に線を引いた。壁を造った。理解できぬなら、理解するよう勤めればいい。理解できぬからと理解を拒絶するのは、愚行だ。

クロサキとタクラの一件から三日が経過した。その間、レイハ指令房は静かなものだった。その間に大きな事件は、あった。
数押しのみを得手とする邪仙キオイが中国の呉岳へ数百体の軍勢で姿を現したのだ。レイハは直ちに出陣したが、
呉岳へ先回りしたリュウラがドラゴンインパクトを一撃のみ放った。全てのキオイはレイハ到着前に消滅していた。
「リュウラ…それは違う。」
ウルトラマンラセツ、及びカルラの正体は知っている。しかしリュウラは不明。
高位の神はカンナを恐れている。だから人類を亡ぼそうとしているのか、それとも他に目的があるのかは不明。ただ、敵意だけは明白。
ならばこの脆弱な生物、人間の力を拝んでいただこう。タクラの件もあり、ユリノはそう意気込んでいたのだが…。
「リュウラ…何処の誰か知らないけど、正体が分かったら藁人形作ってやるからね。」
「呪っちゃうんですか?」
いつの間にか、指令房にカンナが二つの湯飲みを持って立っていた。一つを徹夜真っ最中のユリノに手渡す。
「この柄好きですよね、ユリノさん。」
確かに美しい朱の縞が入っていたが、茶は入っていない。…何で湯飲みの柄だけ見せに来るんだよ。
そういった奇行をも苦笑いで済ませられるほど懐の広くなった自分に内心仰天する。

「前だったら、この湯飲みはあんたの額に投げつけてた所だけどね。」
いまいちユリノの言わんとすることが掴めず、カンナはただ首を傾げる。
「いや、私も丸くなったと思ってね。…カンナ、あんたのお陰かもね。」
「わたしは何にもしてないです。…しない方が良いんです。」
言ってカンナは乏しい表情を一気に曇らせる。
「ユリノさん…もう知ってますよね?わたしは、ここに居ないほうが良いんです。だって…神はわたしがジャマなんです。わたしが死ねば」
湯飲みは投げつけられ、砕けた。額ではなく床へだが。

「それ以上言うな。」
カンナはそれっきり押黙り、指令房を出て行った。
少しして、箒を携えて戻ってきた。
「…とりあえず掃除だけ…」
結局のところ呼吸が読めなかったので、ユリノも黙って掃除を手伝った。
本当はユリノが掃くべきなのだが。

徹夜組、もう一人。ヒスイは自室の文机に肘をつき、身内の龍へ問いかけていた。
「…なぜキオイ殲滅をあれほど急いだ?」
今回、リュウラへの転化はヒスイでなく、龍の意により、しかも何の説明もないまま行われた。
《詳細に説くべきであったやも知れぬ。…我はこれまで、憎悪の権化たる邪仙がニンゲンを亡ぼそうとするに違和感を覚えなかった。
いわば、己の意のみで殺戮をたしなんでいるのだろうと。しかし、あのアサギというニンゲン。奴やクロサキは邪仙を従えていた。》

「連中は光の一族、何か強力な未知の呪を使ったんじゃないのか?」
《ミヤビも光の一族であったのだ。連中の力量は存じている。邪仙の使役など不可能。考え得る事は一つ。あの邪仙どもは、自らアサギらへ《屈(くみ)したのだ。何らかの目的を達するため。》
「邪仙は、何者かの支配下に置かれる事を苦にしないと?」
《是。クロサキやアサギは邪仙の使役に成功したわけではない。邪仙が自ら連中に屈した。さて、そこで先刻のキオイだ。あれらが現れた呉岳。谷があったろう。》
ヒスイもその谷の存在を気にしていた。人間の眼には谷底が見えず、ウルトラマンの眼には奇怪に入り組んだ地形が見えた。
《自然のものではない。あの谷は地の底で繋がっている。高位の者共が築いた、忌むべき何かを封じた牢獄へ。》
「『何者か』とは?」
《神の何れかだ。断定はせぬが。…カンナが命を狙われる理由がお前の仲間にも知れたな。あの者らはカンナに関して何を言っている?》
「何も言わない。話題にするのも避けている。」
考えてみれば、ゴジョウ以外の仲間は皆、カンナが自分に龍や鎧を与える所も、ミカヅチを一撃で抹殺する様も見ていないのだ。ある種、実感が沸かないのかも知れない。
「それに、人間は異端に過敏だからな。」
そう言って、未だカンナを異端視している自分に気付く。自身への怒りを落ち着かせるために、嫌いな香を山ほど焚いた。

翌日、ユリノは京都にいた。東山安井近辺で変死体が発見されたのだ。
呪殺らしい。ただ、そこに憎悪の具体的な念の形は感じられない。人間をただ純粋に憎悪する存在、邪仙の業であると直感する。
「邪仙の業なら、ソイツはタンリャだと思う。」
突然背後に若い女の声を聴き、ユリノは振り向きざまレイエンキュウを引き抜いた。そこに在ったのは、ミウ。
「驚かせないで、喧嘩でも売りに来た?…タンリャって?」
「音を武器にする邪仙。」
言葉を含め、あらゆる音は力を秘めている。特に言葉の力は、言霊(コトダマ)と呼ばれる。レイハの鬼道機関も、発動スイッチは法文の奏上だ。
「タンリャは音ってゆう音を全部再現し、奏でる能力を持ってる。言霊、神がかりを発生させる岩笛の音、そして、呪詛の法文。
音の力自体は真空の宇宙でも伝わるから問題無し。タンリャは、神からも怖がられてる強力な邪仙。」
強制的に神がかりを発生させるのがどうして脅威なんだろう、とユリノは少し考え、脆弱な人間に神を宿らせることで暫定的に神を弱体化させる戦術なのだと思い至った。
ウルトラマンとは神と人間の複合体だが…
「皆が皆、アンタやトキツグみたくウルトラマンとして闘えるわけじゃないものね。」
「お姉さん、むず痒い。」
ミウは大袈裟に顔をしかめる。

しかし、基地で報告を受けたフナトはタンリャの能力自体には興味を示さない。
「それだけ強い力を持った邪仙ならさあ、私らレイハやウルトラマンを今すぐに殺せると思う。でも派手に動かない…少なくともタンリャには、何か特別な狙いがあるんじゃない?」
フナトの指摘を受け、待ってましたとばかりにユリノがある仮説を出す。
「発見された変死体。これは恐らくタンリャの犠牲者です。次に現場の地理ですが…現場に最も近い神社仏閣は、八坂神社です。さて、その主神は?」
「スサノオ!」
ヒスイが声をあげる。かつて神々の地、高天原を追放され、旧暦の戦争時には暗黒闘士へ力を授けたという、荒ぶる神。
ユリノが続ける。
「まあ奉られてるとはいえ、八坂自体にスサノオが鎮座してるわけじゃないけど。ただ、この被害者、この場で爪を切って、髭も剃ってる。それも鬼門の方角で。これって思いっきりスサノオを馬鹿にしてる行為なの。」
故意か否かは不明だが。
「で、スサノオを馬鹿にした男を邪仙タンリャが殺した。スサノオとの間に、何かあるわ。」
「邪仙が主人を蔑まれたと考えた、ってカラクリじゃないですかね。」
指令房へツルギヤマ将軍と、やたら腰の低いワタリベ親父が現れた。
「将軍…恐れながら、如何なる意にございますか?」
率先し問うヒスイ。
「邪仙がスサノオに遣えてて、自分の主人に不敬を示した人間を感知し、怒って殺した…勘だけどね。」
「さすがは将軍、素晴らしい推理でございます!」
将軍の前だとあくまで腰の低いワタリベ親父…幕官。ヘキが横のワタリベ息子へこっそり聞いてみる。
「ワタリベ君、お父君のああいったお姿を拝謁してどう思う?」
「親父かっけー!って思う。」
「…素直だね。」

レイハは、タンリャの次なる侵攻に備え始めた。先ずは言霊を無効化する、あまりに特殊な護符が配られる。
近辺に鎮座する土着の神(低位の神)が放つ神壁の力を少々拝借し、タンリャの言霊と相殺するのだ。
しかし、低位の神とはいえ神力を奪うのだから、無礼の極みである。故に、この符でもタンリャの言霊は一度しか防御できない。
符を懐へしまうヒスイ。そこへ長身の少女がやってきた。
「茶か?」
カンナはヒスイの問いには答えない。

「ヒスイくん、タンリャを倒す気ですよね。でも、キオイの時みたいにわたしたちをほっぽって戦うのはやめて下さい。」
やはり、と思った。カンナも、自分達を無視した闘い振りが気に触ったのだ。
「ヒスイくんは強いです。でも、仲間をほっぽった戦いは、それちょっと違うと思います。」
ヒスイを正面から見据えるカンナ。カンナの眼は蒼いのか、と呑気な事を考えた。
「わかっている。…済まなかった。タンリャとは皆で戦おう。」
「どうして言い訳しないんですか?」
やはりカンナは正面切って言ってくる。寡黙な少女の怒りに、ヒスイは返す言葉を思いつけない。

ユリノは、先日のカンナの言葉
「わたしが死ねば」
を危惧し、作戦準備の合間を縫って街へ出ていた。行き先は、以前カンナの勤めていた孤児院。
「色々と抱え込んじゃう娘だったねえ。軍でもそうなのかい?」
院長―穏やかな印象の老女だーは言う。

九年前、東京駅に座り込んでいた少女。出雲から歩いてきたという。出雲で眼を覚ます以前のことは覚えていないようだった。
この院で暮らし始め、ある程度の年齢に達すると今度はここで働き始めた。
決して陽気で外交的な性格ではなかったが、彼女を慕う子供は多かった。
院長はふと笑む。
「この話するのは二度目ですよ。さっきも若い娘さんがいらしてねえ。まだそこにいるんじゃないかしら。」
庭を見る。元気な子供達に振り回されている少女が居る。…ミウだ。

「…羨ましいよね。」
ユリノは、院の脇にある桃園をミウと散策していた。気位の高いミウがそんな事を口走ったのでまたも仰天する。ミウは続ける。
「カンナは、この時代に居場所を見つけたんだな、って思って。」
ユリノは、ミウをそれとなく追求する。
「この時代?…ミウ、カンナは九年前、出雲で目を覚ましたって言ってたわよね。その時期、出雲では強い時空の歪が観測された事があるわ。…何を知ってるの?」
ミウは、話せる範囲で話した。

カンナは旧暦における光の一族の娘であり、何らかの強い力を持って生まれたために一族から異端視された。
神々は太陽を肥大化させ、地球ごとカンナを焼き殺そうとしたが、何者かー恐らくは太陽の肥大化を封じた龍―の意思で時間を超え、最低で七千年後の現代へやってきた。
自分はカンナの妹であり、一族の正義と神々の立場のため冥府の鬼神と融合し、ウルトラマンになった。そして、カンナを憎悪していた。
ゴジョウは現代の光の一族から派遣された策士。

「ふうん。で、大宰ともどもその使命に嫌気が差して、私らと協力してると。」
「でも、あたしはゴジョウさんやカンナみたいに、居場所を探す事ができない。何でだろう…。」
そうか、とユリノは思った。ミウは姉を慕い、彼女のように自分の居場所を探すため、そのルーツであったこの院に来たのだと。
「結局さあ、あたしは半端なんだよね。カンナを憎みきる事ができない。リュウラ抹殺の任務もカルラにとって代わられた。お姉さん達を助けようと転化しても、力はリュウラに及ばない。で、居場所も無い。」
自嘲するミウ。ユリノは彼女の肩を強く掴み、正面から…優しく説く。
「レイハに入れてあげることはできない。年齢的にね。でも、基地にアンタを迎える事は難しくないわ。まずは、自分の力でカンナとのしこりを取り払って。それからね。」
その時、ユリノの通信符が鳴った。タンリャが現れたのだ。それも、中国に。
ミウを連れ、急ぎ基地へ戻る。指令房に顔を出すヒマも無く、機翼を格納する「機舎」へ直接向かう。
レイキザンへ搭乗しようとするカンナ。脇のレイカイオウを見ると、ユリノと共に己が妹の姿が見えた。目が合ったが、何も話さないまま離陸した。

中国、呉岳。夕闇に包まれる谷へ、その獣は在った。
四足で、胴体は狒狒に、前足は鰐に、尾は蟷螂の臀部に似ている。注視すべきはその頭。底の深い杯に四角い文様を幾度も刻み込み、それをひっくり返して狒狒の胴体に乗せたような、そんな頭。故に眼も口も無い。正直、ギャグにも見える。
獣は、タンリャは「音」を発生させ、機翼へ照射し始めた。
「護符、起動。カンナちゃん、その後一気にトドメを刺して!」
ゴジョウの基地からの指示を受け、呉岳に鎮座する土着の神から力を借り、強力な法壁を生成する。「音」は防いだが…機翼の機能が初期化した!
「な!…法壁の力が余りに強すぎたようです!」
ヘキの慌てながらも冷静な分析。
神の力を借りる以上、今回の法壁の威力はその神の力に比例する。そして、機翼に異常を起こすほどの強力な法壁が生じたということは、この地に、高位の神が眠っているという事…。
レイヒュウゴ、レイカイオウ、レイキザンまでも墜落する。
「ち、それなら」
ヒスイはアクアアイを召喚する。
「待ってください。また、わたしたち放っぽりだして闘うんですか?」
カンナが制止した。だが、ヒスイはカンナを振り向き、言う。
「カンナ。道義も重要だ。だが、人間がすべき事は道義を守るより先に、自分のできる事を最大限やることだ。…俺は、ウルトラマンとして闘える。だから、その力を提供するだけだ。」
そして、瀑布の轟音をバックに、リュウラへ転化する。

タンリャの放つ「音」を何とかペンタクルフィールドで無効化、「音」を放った後の隙を突き、ショットスパークルで牽制しつつ接近、頭部へ攻撃を集中する。
タンリャは続いて、言葉で相手をコントロールする力「言霊」を繰り出した。
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と、リュウラへ指示を出す。が、その言霊をドラゴンフィールドで反射し、逆にタンリャを金縛りにする。止めを刺すべくシャイニングヴァイパーを伸ばす…。

突如、リュウラの動きが止まった。背後に、強い、圧倒的に強い邪念を感じ。
その邪念は、タンリャを活性化させる。タンリャは金縛りから逃れ、より攻撃的な言霊でリュウラを襲う。カラータイマーが点滅し始める。勝利を確信したのか、タンリャはその邪念に対し、曲を演奏する。それは、
「出雲神楽!」
ユリノは、驚愕した。その曲は、出雲地方の夜神楽において、ヤマタノオロチをスサノオが討伐するシーンで流れるもの。つまり、スサノオを称える曲なのだ。
ということは、スサノオは、この地に眠っていたわけだ。そしてタンリャは、「音」を使ってスサノオを蘇らせようとしていた。
「お姉さん、ここで待ってて!」
ミウが転身聖具、バーニングヴァジュラを手にした。
「あたしは半端だから、闘うぐらいしかカンナのために出来る事が思いつかないんだ。なら、それを全力でやる。」
ユリノは、笑む。
「私もね、得意分野なんて呪法くらいのものよ。」
ミウもまた笑み、ラセツへ転化した。
人は脆弱だから、集って闘う。一つの目標の下、各々ができる事を全力でやるから、脆弱から一歩抜き出られる。
それが、居場所か。

ラセツは、掌底でタンリャを弾き飛ばす。その間にリュウラはコウへ変身。龍とほぼイコールの存在であるコウには、「音」も「言霊」も通用しない。
焦るタンリャへ、ラセツが冥光剣ハデスヴァジュラで切り込んだ。頭部にヒビが入り、「音」を放てなくなった。同時にスサノオの邪念もまた地の底へ戻ってゆく。
リュウラは手先から放った短い光刃を一振りし、扇の形状に変えて投げつける。
久々の真龍光鉄扇ドラゴンエクゼクターである。
突き刺さった扇は全方位へ広がり、タンリャを横一文字に切断した。さらにラセツが、ハデスヴァジュラよりソードスパークルを発射、今度は縦にタンリャを切り裂く。
獣は、十字斬りにされて滅んだ。

「ごめんなさい、ヒスイくん。」
カンナが素直に頭を下げた。
「いや、全然気にはしていないがな。ただ…」
ヒスイは、視線をユリノの側へ移した。そこにはミウもいた。
「…ミウ、わたし…あなたと話すのが怖かった。わたしが…人間じゃないんだなって感じるのが、怖いから…。でも、来てくれてありがとう。」
「カンナ、…まだ…アンタを許すことはできない。でも、アンタを殺したいとは、もう思ってないから。」
ミウは、帰る…というより、また何処かをブラブラしに行く。
「ミウ!頼っていいのよ!?私達にも、御姉様にも!」
去るミウへ、ユリノがそんな言葉を投げた。


「おい!何をする気だ!」
「マミヤヒスイ、少々、お前の精神には眠ってもらう。」
その夜、ヒスイの中の龍は、突如として彼の精神を、支配した。

続く

次回予告
深夜、その湖に怪光を発する蒼い球と紅い球が次々に飛来、紅い球は不幸にも、その男が乗った翼に衝突してしまう。
宇宙人は彼に言った。
「私の命を君にあげよう。そして、地球の平和のために働きたい。」
次回のウルトラマンリュウラ
第四十二章「来たぞ竜が森」をご期待下さい。
提供は両親の仕送りでございました。
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第四十二章 来たぞ竜ヶ森
地獄星人 宇宙恐竜 最高のヒーロー 登場

一度は母星へ帰った。地球へはその後、何度も訪れている。しかし、この地を踏むのは百四十年ぶりか。その者は、感慨に耽った。
「夜空の 星に…もう忘れたな。何を込めるのだったか。」
かつて、この地で若者達が歌っていた。自分は、彼らの賑やかなパーティーを邪魔し、宇宙の悪魔を湖に取り逃がし、そして一人の若者を…。
考えてみれば散々なファーストコンタクトだったと思う。
だが、そのおかげで地球には、義弟達が次々と来訪するようになった。現在はカイザーという義弟がこの星を守っている。しかし、今回は彼に会いに来たのではない。
その者は、人間の、青年の姿に変わり、湖の全容を眺められる高台へ腰を下ろした。
夜の暗闇の中、彼へ歩み寄ってくる男の姿があった。青年は、その男に軽く手を振る。
「龍よ、来たな。」
男は、マミヤ ヒスイは僅かに頷くだけ。

《そうゆるりとはしておられん。我は今、この者、マミヤヒスイの精神を眠らせ、支配している身。この者はニンゲンの分際で強き心を持っておるでな、何時覚醒するか分からぬ。》
龍は、この青年に会うためヒスイを一時支配し、時空を超越してこの世界の地球、この世界のこの森へ飛来したのだ。そして、ヒスイの姿でこの青年と邂逅している。
《久しいな。神戸以来か?》
「久しいかな…僅か百年だが。」
《ニンゲンから見れば悠久の時だ。》
青年は、龍の言葉に少し笑む。
《しかし…神戸の時よりも随分と若返っているな。》
「神戸では、地球人の姿のまま年を重ねてみせる必要があったからな。寂しい話だが、もはやその必要は無い。」
《ニンゲンの生は短いな。僅か百年で、親しき者のほぼ全てが、絶える。》
言いながら、青年の隣に、ヒスイの姿で龍も腰を下ろす。湖を見る。

「美しいだろう?あの湖が無ければ、我々と地球人の交流も無かったかもしれない。同時に、私は湖の上空で、若い地球人を殺してしまった。…ここまでは何度も話したか。」
《ああ、何度も聞いた。しかし、その湖を臨むは今宵が初めてよ。》
青年は、自分の衣服を軽く見る。
メインカラーは橙。その下に白いシャツ、危険信号を装備したタイ。流星を象ったシンボルマークが、上腕部やブーツ、そして胸に輝く。胸の流星は通信機を兼ねている。
「この姿は、彼が若かった頃…私に殺される前後の姿だ。」
龍は、青年と初めて正面から見据える。

《己を責めるか?その者は救われたのであったろう。貴公が命を与える事で。》
龍は、この青年を「貴公」と呼んだ。相応の敬意を払っているようだ。
青年は困ったように笑う。
「ううん…それが償いになったとは思わない。命を与えた事と、一度とはいえ殺してしまった事に、因果関係はない。」
面倒臭い思考だと龍は思った。この者は、ニンゲンなどという小さな存在にも罪の意識を覚える。自分としては、ニンゲンの百匹や百億匹殺したところで、そう大した事になるとも思えない。
そう正直に言ってみたところ、予想に反して笑われた。
「そうだろうな。私は君のような『神』ではない。地球人をマクロな視点で見ることはできない。」
《貴公は神に成る気は無いのか?》
「無いな。」

かつて、龍はこの者の存在を知り、興味を抱いた。自身と同様、この者もまた、全ての平行世界に存在する事ができる、特別な者であったから。そして、この者の功績も、龍に敬意を抱かせるに十分であったから。

「そういえば、先に君から接触してきたのだったな。当初は伝説の生物を模した生物兵器だと誤解したものだが、まさか本当の龍だったとは。」
《興味のあるものには接する事にしている。》
「神の割に勉強熱心だな。」
勉強、と、青年は口の中で繰り返した。
「話したかな。私に殺された地球人は、もう一人いる。ジャミラ、といった。」
ある宇宙飛行士が、宇宙に取り残されたまま母国に見捨てられた。彼は肉体を変異させ、母国、ひいては故郷の地球全体を憎悪し、国際平和会議を妨害せんとした。
「私は、彼を殺した。それが、地球の平和のためだと判断して。」
《…悔やんだのか?》
「ああ。その『平和』は、虚無感に満ちていた。犠牲者は美しい文句だけを与えられ、悲しい最期を遂げる。
…私は自身の勉強不足を痛感したよ。あの時、最善の方策を思いつけなかったことでね。ジャミラを殺さずにすむ方法は無かったのか、
会議を成功させ、数百人の叡知を救うためにはジャミラ一人の命を奪うほか無かったのか。」

《百万を救うため、千を見捨てる、ということか?我ならばそうするがな》
「そうだ。だがそれは、ジャミラを見捨てた彼の祖国と同じなんだ。」
人間の外見をもった双方の超越者は、しばらく水面を見つめる。先に橙の衣を着た青年が口を開いた。

「円谷英二。」

《貴公の、真の生みの親か。》

「あの人はね、私を生み出してから僅か四年でこの世を去られた。」
龍は、ヒスイの姿で黙り込む。対し、青年は続ける。
「金城哲夫。実相寺監督。…数え挙げればきりが無い。あの人たちは皆、才能を散らすには余りにも若過ぎた。」
《…憎まれっ子世に憚る、とニンゲンは言うな。逆に皆から慕われたニンゲンは総じて短命…。》
青年は頷く。
「だから思うのさ。地球人の命は非常に短い、とね。それは生命体としてのサイクルが早いというだけではなく…」
《運、であろう?ニンゲンという生き物は強き天命を持たぬ。他のニンゲンより慕われた者ほど、その傾向が強い。》

青年は、再び湖上空を見、言う。
「まあ…ハヤタを二回も生命の危機に直面させてしまったのは、運ではなく私の過失だが…。」
《二度目はやむを得なかった。左様であろう?》
「に、してもだ。ゼットンに不覚を取ったのは、私の力不足、私の油断に起因する。私が至らぬために、ハヤタを再び殺してしまうところだったのだから。」
ヒスイの姿で、龍は青年を注視する。
《力…か。貴公は自身を『力』と考えるか?地球を、ニンゲンを守る『力』。其は否定せぬ。
だが、貴公が残したは『力』のみか?ニンゲンの幼体…コドモ達へ、より重要なる物を残したのではないか?》

青年は、薄く首を振る。
「私が残したんじゃない。子供たちに大切なものを残したのは、私の生みの親達だ。
彼らは本当に素晴らしい仕事をして下さった。限られた予算、時間、人材の中で、毎週子供たちを楽しませ、感動させ、元気づけ、大切なものを与え続けてくれていた。
…私自身の正義は、物語の中で幾度も否定されたよ。」

そして、青年は呟く。ジャミラの墓標へ行ってきたと。
「墓碑は残っていた。しかし、忘れ去られていた。見事に土に埋もれていたよ。」
自分が殺した地球人。青年は、出来るだけ何度も地球へ立ち寄り、この墓碑に手を合わせていた。
しかし、ある時期から墓碑が急激に汚れるようになった。
「墓へ赴く者がいなくなったのさ。地球防衛組織において、彼のデータは今でも
『国際平和会議の妨害を画策した一匹の宇宙怪獣』だ。」
つまり、当時実際にジャミラ迎撃に参加した者でなくば、彼の正体を知りえないということ。

「私は彼の正体を知りながら殺し、後世の同志達にその事実は伝えられない…。」
ヒスイの姿の龍は、怪訝そうにし、次いで思い至る。
《貴公は悩んでいるのか?自身の戦いでコドモ達に何を伝えてこられたのか、その教えが風化しているのではないか、と。》
「いや、私はそこまで厚顔無恥ではない。何を伝えたわけでもない。ただ…」

青年は一息おいて、再度ヒスイを見る。
「子供達は、私の戦いから何かを学び取ってくれていた。私にも分からない何かを、だ。
心配なのは、その子供達が親になった時、彼らの子供に何を伝えてくれたのか、という事だ。」
《ふむ、貴公の伝えた事を連中が自身のコドモへ伝えてくれたのか、という事か?》
「違う。私は何も伝えていない。子供達の方が、私の戦いを見て、自分から何かを学んでくれたんだ。
しかし、その『自分で学んだ事』を、彼らが彼らの子供達に伝え得ることが出来たのか、それが不安なんだ。」

青年は、一度星へ帰ってからも幾度となく地球を訪れていた。
かつて、青年は子供達のすぐ側にあった。この国が最も元気だった時代である。
元気な時代の元気な子供達は、毎週日曜、製薬会社のアイキャッチを聞きながら、
約三十分、不思議な世界に入っていった。

日本は豊かになっていった。だが豊かになってゆく姿は、同時に貧しくなってゆく姿でもあった。
《…怖いのか?かつての『元気なコドモたち』の子供は、必ずしも元気ではなかった。》

「そうだな。私はかつて、元気な子供達が自分を応援してくれて、自分の闘いから何かを学んでくれて、嬉しいと思った。
だが、その子達は自分の子供を元気にする事ができたのだろうか?何を教える事ができたのだろうか?
風化しているとするなら、かつてこの国を支えた、人間自身の力ではないか。
友を思い、家族を思う優しいエネルギー。そして、その為にはどんな苦境も乗り越える強いエネルギー。
そういったものが…決定的に不足している気がするんだよ。」

龍はただ黙った。いつも思うが、こちらの世界に存在する地球は、風雅なところが無い。
正確に言うと、ニンゲンの文明にである。それは、元気な者達が強い意思でこの国を豊かにしてゆく事で、何かを忘れていったからではないのか。
そう、思った。豊かにした事で、貧しくなった。皮肉だ。しかし、である。

《自分が何も伝えられなかった、と云うは誤りだ。貴公は自身を卑下しすぎている。》
「…そうだろうか?」
《貴公は、素晴らしい仕事を果たしたは自身ではなく、自身の生みの親だと云う。
ならば、貴公は彼らの子。そして、貴公は親の伝えたかった事を、自身の戦いを介してコドモ達へ刻み込んだ。
ならばそれは、貴公がコドモ達へ大切な事を伝えた、と同義だ。》
青年は笑んだ。ようやく。
「そう…だな。当時から全てが貧しくなったわけでは決して無い。そうでなければ、義弟達もこの星を守ることなど、出来なかっただろう。」

その時、二人の背後に巨大な影が現れた。
メインカラーは赤。しかしノズル型の口を始め、全身に緑や赤など毒々しい突起が生えている。全長は200mほどか。
青年は驚きもせず、ただその者の名を呼ぶ。
「…ヒッポリト星人。」

敵は、ヒッポリトは笑う。
「よく分かったなあ!我々はこれより、宇宙一強い生き物の誇りにかけ、お前達兄弟を全員抹殺する!まずは長男の貴様からだあ!」
青年は、首を傾げる。
「私は次男だぞ?それに『まずは』ということは、他の兄弟達はまだやられていないと言う事だな。防衛軍の追撃を切り抜けて竜ヶ森まで来たのだけは感心してやろう。」

言うや、青年は腰から取り出した白銀の銃より稲妻上の光線をあらぬ方向へ発射する。
と、不可視状態にあったカプセルが破損。200mのヒッポリト星人は消え去り、少々異なる座標に身長50mのヒッポリト星人が出現した。

敵は只でさえ赤い体をさらに赤くし、口から火炎を噴射、地表を爆発させ自慢気に宣言する。
「ふん!俺様の実体を見破ったのはさすがだと言っておくが、ここまでだ!見るがよい、お前にとって絶対に忘れられない存在を用意してやったぞ!」

すると、爆発した地表より、青い風船が出現した。風船は膨張を続け…炎を上げて破裂する。その爆煙に屹立する、黒き魔。
宇宙恐竜 ゼットン。

「むははははは!見ろ、ゼットンと俺様のタッグにお前が一人で勝てるはずも無い!」
確かに、自分はこの両者に、それぞれ敗北を喫した。
龍はヒスイの体を動かし、転化しようとするが…青年が止める。
「ゼットン…、泥を払うチャンスだと思うんだ。」

橙の衣を纏う青年は、二体の前に立ち塞がる。
科学特捜隊の制服。その内ポケットから、ハヤタはベータ・カプセルを取り出だす。
カプセルを天高く振り上げ、フラッシュビームを焚く。
その光量を電気で賄うなら、百万ワットは必要だろう。
フラッシュビームの輝きは竜ヶ森一帯を白、続いて朱へ染め、ハヤタをその中へ包み込む。

強大な閃光が止む。そこに存在したのは、最高のヒーロー。シンメトリーの権化。



                           ウルトラマン

ウルトラマンの出現を確認するや、ゼットンはテレポーテーションで彼の背後へ出現、強烈な突きを放つ。
ウルトラマンはこれを読み切り、ゼットンの突きを手刀で払おうとする。だが、ゼットンはこれもテレポートでかわす。
手刀が避けられ体勢を崩すウルトラマン。彼の背後に再びゼットンが出現、後頭部へ一兆度の火球を放つ…ハズだった。
だがその前にウルトラマンが敵の首根っこを掴み、大地へ打ち付けた!体勢をあえて崩す事で、ゼットンの体の中段に潜り込んだのである。
地面を転がるゼットンへ馬乗りになり、何度もチョップを撃ち込むウルトラマン。ゼットンは火球を発射して反撃する。しかしその攻撃も、ウルトラマンは全て打ち払ってしまう。
ウルトラマンの動きは緩慢に見えるが、決して「遅い」わけではないのだ。

焦るゼットンへ、ウルトラマンは八つ裂き光輪を投げる。バリアを展開する間もなく、ゼットンはやむなくテレポートでこれを避ける。
別の座標で実体化するゼットン。しかし、光輪は軌道を変え、なおもゼットンに襲い掛かる。それも、三発。
二発はバリアによって無効化されたが、三発目は突如中空で複数枚に分身。バリアは見事に突破された。

その隙を逃さず、ウルトラマンは両腕をクロス。伝家の宝刀、スペシウム光線を発射する!
だが、ゼットンはスペシウム光線の直撃を物ともせず、逆にそのエネルギーを吸収。
蓄積されたエネルギーはより強大な破壊力を持って、ウルトラマンへ投げ返される!

しかしウルトラマンは、体勢を崩さず、再度スペシウム光線を放ちそのエネルギーを迎撃した。
空中で二本の光芒が激突する…と、ゼットンの光線が、二発目のスペシウム光線に押し返されている!
そのスペシウム光線は、返されたエネルギーも含めてゼットンを直撃した。
スペシウム光線を撃ち返す事に力を集中していたゼットンは、この強大なエネルギーを吸収することが出来ず…完全に砕け散った。

「ぶ…ぶゎかなあっ!」
ゼットンの死に驚愕し、滑舌まで怪しくなるヒッポリト星人。舌の有無は知らん。
ゼットンを倒したウルトラマンは、続いてヒッポリト星人へファイティングポーズを取る。

さらにヒスイもリュウラへ転化。泥は払えたようだ。ならばヒッポリトとの戦いには自分が手を貸しても良かろう。
銀の巨人と蒼の龍神が、ヒッポリト星人へ挑む。
だが、敵は二人の頭上から半透明のカプセルを投下する!
カプセルに閉じ込められ、暗鉄色のヒッポリトタールに包まれる。しかし、リュウラは念を集中させ、タールごとカプセルを吹き飛ばす。
また、ウルトラマンは胸の前で両腕をX字に交差、高速回転を始める。

かつて四次元怪獣ブルトンの術より脱出する際に用いた、「ハイスピン」である。
回転により、こちらもタールとカプセルは無効化、まとめて破壊された。
回転を続けるウルトラマン。その回転から、光の鎖「キャッチリング」が放たれ、ヒッポリトを拘束する。
「ヒッポリト、生命は、常に成長を続ける。この程度の攻撃では、今の我々ウルトラ兄弟の誰を倒すことも出来ない。」
「黙れえ!風地獄!火炎地獄う!!」
ウルトラマンの宣言に、動きを封じられたヒッポリトは完全に色を失い、滅茶苦茶に突風や火炎を吹き付けてくる。
だが、ウルトラマンは両の拳を腰に当てた体勢を保ち、胸板でこれを弾き飛ばす。勿論、リュウラ・コウにも一切通用しない。

そして、撃ち出されるスペシウム光線とドラゴンインパクト。光の龍は究極必殺光線と絡み合い、ヒッポリト星人を貫く。地獄星人は、真の地獄へ消えていった。

「泥を払いたいんだと言っただろう?」
「…貴方と共に闘いたいと思ってな。龍に無理を聞いてもらった。」
「…君は!」
ヒスイは…ヒスイだった。龍のコントロールから逃れ、自分の意思で転化していた。
二人は人間の姿で、静寂を取り戻した竜ヶ森の湖を見る。もう数分もすれば、防衛軍が調査に入り、また賑やかになるだろう。

《忘れないで欲しい。貴公が見た『元気なニンゲン』は、決して滅びてはおらぬ。》
「分かっている。龍よ、君の宿主が良い例だ。」
この会話を再会の契りとし、ウルトラマンは光の国へ、リュウラはヒスイの居る世界へ帰還していく。

「、ということがあったんだ。」
「…そうですか。」
その日の昼、最高のヒーローとの邂逅について熱く語るヒスイと、それをぼけーっと聞かされているカンナの姿があった。
「ああ、貴重な体験だった。どうだ?」
「いや『どうだ』って聞かれても。」
「はっはっは、心配する事は無い。」
「ユリノさん、ヒスイくんがおかしくなっちゃいました。」

一方のウルトラマンは、今日も宇宙を飛んでいる。
全宇宙、何よりも地球が、平和な、光に満ちた世界になることを、願って。

ウルトラマン、ありがとう。ウルトラマン、これからもよろしく。
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第四十三章 煮豆、焼き豆殻    好闘邪仙トウゴツ 発現

自分が生まれた瞬間の光景を覚えている者がいようか。生物にはいるまいが、神は往々にしてこれを覚えている。殆どの神がそうであるため、龍はごくたまに疎外感を感じる。
《お変わりはございませんか?》
その日、奈良に鎮座する神獣の一、朱雀が龍へコンタクトをとってきた。
《邪仙の目的は判明したようですね。スサノオの覚醒…。私達もそれを阻止すべく神壁を強化しているところです。
ところで龍よ、貴方はご自身の出生を、ご記憶ではないのでしたね。貴方の由来が明確になれば、貴方とその宿主に強い絆を持つ少女、その正体も明らかになりましょう。》
龍はその伝言を聞き、憮然とする。思い出せないものは思い出せないのだ。

そんな龍には構わず、ヒスイは西麻布方面の上空をレイカイオウで哨戒していた。
つい数刻前、この街に長大な「尻尾」が出現し、幾つかの商店を倒壊させて姿を消したのだ。
「空からは何も見えん。ワタリベ、地上からはどうだ?」
「こっちからも何も見えねーわ。地下に隠れてんじゃねえか?」
空のヒスイ、地上のワタリベの捜索にもかかわらず、手掛かりらしいものは発見されなかった、かと思われたが。
「お、マミヤマミヤマミヤマミヤマ、まだ帰れない。子供が現場で泣いてるわ。」
ミヤマって誰だよ、と思いながらヒスイは一旦着陸する。
何故発見されなかったのだろう、瓦礫の中で少年が一人、蹲って泣いていた。
「指令房、こちらマミヤ。巻き込まれたと思われる少年を保護しました。」
「こちらゴジョウ。分かったわ。マミヤ君、その子をあやしなさい。」
「…は?」
少年の齢は十にも満たないだろう。ワタリベから貰った林檎飴をガリガリやりながらヒスイを汚れなき双眸で見上げてくる。困った。どうあやせばいいのだ。

結局ヒスイは少年と何も話せぬまま共に基地へ到着。ワタリベが代わりにあやしている。
「事件の真ん中に居た少年か…。証言者の中では尻尾の正体に最も接近したと言えるわね。カンナちゃん、その子の話を聞いてあげて頂戴。」
ゴジョウの指示を受け、子供の世話には慣れているカンナが証言を聞く。
名前はツザワヒデアキ。九歳。最近弟が生まれたらしい。そこまで言って、尻尾に襲われる恐怖を思い出し、またも泣く。ヒスイは何とか勇気を振り絞ってヒデアキを一喝する。
「その顔と眼と涙は何だ!お前の涙で街を救えるのか!」
余計に泣かした。
と、
「諸君!一旦任務を休止し、賓客をお迎えする用意を整えなさい!」
ワタリベ親父…幕官が指令房に姿を見せる。背後にはツルギヤマ将軍の姿も。
「将軍、唐突に何を…」
「少しビックリするお客ですぜ。…陛下さ。」
ちょっとだけ空気が凍った。
天皇。現時点で我が日本帝国最大の権限を持つ専制君主。てか現人神。
ゴジョウとカンナ以外の面子は急ぎ指令房の体裁をまだ見えるものに整える。
しかし、ヒスイは別の意味で緊張していた。陛下がお越しになるのであれば、あの男も来る。

それからいくらも経たないうちに、基地正門に牛車が姿を見せる。全職員が平伏し、現人神を出迎える。それは、レイハ指令房も同じく。
そして、平伏する司馬らを見渡し陛下の横でほくそ笑む男。陛下の側近でありその知恵役を務める、大陛徒と呼ばれる地位にいる。そして翡翠の兄でもある男、マミヤ ヤタ(真宮 八咫)

ヤタは指令房をもう一度見渡し、一人平伏していない者を発見する。
「おい、お前!陛下の御前で面を上げるとは何事か!さっさと膝を突け!」
そう言ってヤタは、九歳のヒデアキの頭を掴み、強引に床へ附けさせる。
ヒスイは兄を止めたいが、陛下の御前である。自分は天皇をお守りする家系に生まれてきたため、
「許しがあるまで顔を上げるな」という教えが体に染み付いている。そんな自分が悔しい。
しかし、カンナとゴジョウはそんなことお構い無しでヤタをヒデアキから引き剥がす。
さらにゴジョウは許しもなく陛下に歩み寄り、ずけずけと来訪の理由を伺う。
「…ええっと、面を上げてください。レイハの諸君。邪仙がスサノオを解放しようとしていると聞きました。事実なのですか?」
陛下は、ゴジョウの豪気に威圧されながらも問われる。ヒスイが率先してその問いに応じた。
「恐れながら、その可能性は極めて高いものと思われます。我らレイハはその災異へ対抗すべく、現在準備を整えている最中です。御安心を。」
陛下はお一つ息をつかれ、そしてある文をお出しになった。
「昨夜、宮内庁へ届けられた差出人不詳の文書です。読みましょう。『レイハを解散、或いは全員を処刑せねば、我々はこの東京をスサノオをもって沈める。』と。」
レイハは全員、ワタリベ親父やツルギヤマ将軍に至るまで一瞬で理解した。
光の一族だ。
しかし、とフナトが申し出た。
「彼らも凡愚ではない。スサノオが蘇れば対抗する手段は我々レイハかウルトラマンだけ。
陛下、それについては陛下や大陛徒殿もお分かりのはず。であれば、国を脅迫したところで易々とレイハが引き渡される筈がない。それは光の一族も理解しています。」
とりあえず、全員が頷く。
「しかし、高位の神に仕える光の一族がスサノオを支持することは有り得ない。スサノオは高天原で暴れまわり、追放された存在なのですから。
では連中の狙いは何か…。この文を読めば我々はスサノオを必要以上に警戒し、視野が狭くなります。その機に乗じて、何かでかい事をしでかす。」

 しばらくの後、マミヤ ヤタは基地の中で陛下と一度離れ、一人食事を取っていた。そこへ現れたヒスイは、彼の首根っこを掴み、壁へ押し付ける。
「…どういうつもりだ兄貴、あの少年は未だ九つだ。」
「っ…。陛下の御前で礼儀を取れない者に九つも十もあるか。離せ、勝手に家を出て行った身分で。」
「あの光景を見て陛下がどうお感じになるか、そんな事も分からんのか?」
家を継ぎ、現人神の側近となった長男。家を嫌い、民の盾となった次男。
「…すまん、ここまでだ。」
ヒスイは兄の襟首を離す。ヒデアキがこちらを見ていた。
「マミヤさんは、お兄さんと仲が悪いの?」
どう答えればいいのだ。仲は確かに悪い。しかし率直に「うん、最悪だ」と言っても良いものか。
ここは「いや、少々闘いごっこをしていただけだ」と言おうか。ダメだ。このような小さい子供にウソは良くない。ああどうする。さあどうする。龍よ、どうする。
《我が知るか。》
「兄弟喧嘩ってヤツだ。お兄さんが弟のおやつ黙って食っちまったんだ。」
通りがかったワタリベが助け舟を出してきた。
「なあ、見ろ、弟のヒスイさんは真面目な面してんじゃねえか。それに引き換えお兄さんはどうだい?立派な仕事してんのに栄養取れてないからおやつ盗んだんだぜ。見ろ、茄子みたいな顔色してやがる。」
それはもう医者にかかるべき顔色だと思うのだが、ヒデアキはようやく笑ってくれた。
「…下らん!ヒスイ、私は陛下と共に宮内庁へ帰る!車はどこだ?」
顔色を茄子から唐辛子に変え、車舎へ向かうヤタ。

 「ヒデアキ君。それで、何故君はあんな所へいたんだ?」
ヒスイは聞いてみる。今度は最大限優しく。
「実は、こないだ弟が産まれたんだ。それで今朝、母さんから弟に玩具を買ってきてくれって頼まれたんだけど,
あの尻尾に襲われて…。それで玩具を無くしちゃったから、瓦礫の中に転がってないかと思って探してたんだ。」
そんなものまた買えばいい、という言葉をヒスイは何とか飲み込んだ。

この少年にとって、自分のためでなく弟のために玩具を買いに行くということは、自分に与えられた責任を果たす事であった。
その責を果たさない内は、家に帰れない。だから玩具を発見しなければいけない。自分へ課した義務に追い詰められ、尻尾への恐怖にも追い詰められ。
「そらあ、泣くわな。」
ワタリベの心底暖かい口調に、ヒデアキは再び涙を零す。
「うし、マミヤ。大宰に言っといてくれ。オレはヒデアキと一緒に玩具探しに行く。」
ヒスイの反論も聞かず、ワタリベはヒデアキを軍用車リョウブに引っ張り込み、とっとと現場へ出て行ってしまった。
しかも、陛下、ヤタの乗る牛車に追従して。

 「困るんだけどな。」
ヘキは笑いながらワタリベの独断を愚痴り、例の尻尾の軌跡を全員に見せる。
「基本、尾は鞭の如くしなって目標を打つ、全方位型の武器です。
しかし今回の尾は…破壊された商店の形からも分かりますが、直線的に動いてる。
これほど非効率的な破壊活動を行う敵は、今までのところノバテラ星人くらいのものです。」
配布された地図には、この尾で破壊された箇所が確かに直線的に描かれている。
カンナはふと筆を取り、その直線を伸ばしてみた。すると…陛下らのご帰路と交差する!
「大宰!」
「うん、急がないとね。レイハ出陣!何としても陛下と、ヒデアキ君の義務。両方を守りましょ!」

 ワタリベも無論その報告を受けた。
「…ヒデアキ、おじさんちょっと仕事が入っちまった。一旦玩具無くした場所から離れるぞ。…大丈夫だ、あとでちゃーんと探してやっから。」
ワタリベはそう言う。しかしヒデアキは不満だ。尻尾があったということは邪仙とか神とか怪獣とか言うでっかい奴らが正体だろう。そいつと戦って瓦礫ごと玩具が踏み潰されたらどうするのだ。
ヒデアキはワタリベの隙を突き、リョウブから脱出、玩具を探しに行く。
「お…やべえ!」
焦るワタリベ、軍から連絡を受けて道を変える陛下ご一行。そこへ、尾が出現した。

尾は真っ直ぐ陛下がご搭乗なさっている牛車へ向かってゆく。曲がりきれない…。
閃光が走り、尾の動きが鈍った。閃光の主は、レイヒュウゴ。
「僕の開発した超長距離圧殺砲。通常の光線砲とは射程も精度も桁違いです!僕は偉いでしょう。」
ふんぞり返るヘキだが、すぐさまその表情が強張った。
尾は、動いている。しかも、陛下がご搭乗の車を襲った!
「ちぇ…鬼道機関、縛の法、発動。動きを封じます!」
ユリノの法で動きは止まった。ワタリベと地上に降りたヒスイが陛下を救出に向かう。
しかし、尾は未だ動いている。いや、尾だけではない。敵は全身を地上へ露出させた。
姿は虎に似る。しかし頭部は人面。猪の牙と長い尾。
トウゴツ。
中国に伝わる、四凶の一。

トウゴツは、ひたすら前進する。レイハの攻撃を浴びて転倒しても、防御する事を知らずとにかく襲い掛かる。
ヒスイとワタリベは陛下とヒデアキの姿を探す。すると、二人の元に連絡が入った。
陛下は現在、護衛らの車へお乗りになり、別の道から安全地帯まで脱出、これを経由し宮内庁へ戻るご予定であると。
しかし、先程の急襲で、一人現場で消息を絶ったと。
それは、大陛徒 マミヤ ヤタ。

ヒデアキは、ふと気付くと暗い瓦礫の中に居た。下敷になっているわけではなく、ある程度の広さを持つ空間である。様々なものが散乱し、いささか廃墟のようであった。
脇を見れば、顔色の悪い男が一人、瓦礫を掻き分けている。マミヤさんのお兄さんだ。
「気がついたか。」
ヤタはこちらを見向きもせず、ぶっきらぼうに言う。このあたりは弟に似ているかもしれない。そういえば、自分はどうしたのだろう。
ワタリベさんの車から脱出して、尻尾に襲われた。ヤタがひっくり返った牛車から豪華な服を着た貴人を必死に引っ張り出し、別の車に乗せ、自分へ近付いて来た。
そこで意識が途切れて…。
「そうだ。私はお前を弟の元へ運ぼうと思ったのだが、尻尾がそこら中を破壊して、我々二人はここに閉じ込められてしまった。
陛下は救えた。あとはお前をこの瓦礫の中から外へ出してやれればいいんだが…。」
何故だろう。この人は自分を床に擦り付けさせる嫌な人だったのに。
「…ヒデアキといったか。お前には弟がいるのだな。」
ワタリベさんたちとの会話が丸聴こえだったのだろうか。
「弟は…ヒスイは立派な奴だ。私は語学、奴は数学が得意だった。それに、奴は武芸に優れている。
私が勝った事など一度もない。正直、頭ばかり大きな私より、文武を兼ね備えたヒスイの方が陛下をお守りするのには向いていた。」
何を言いたいのか分からない。
「しかし、奴は逃げた。私は奴の分まで真宮の家の責務を果たそうとしている。だから…。私はヒスイの前で、自分を大きく見せたいのだ。自分の仕事を果たすところを見せてな。
そして、兄として立派だと思ってもらいたい。…しかし、私はそれが絶望的に不得手なのだ。
だから…、すまなかった。」
そんな事を考えなくても、兄は兄、弟は弟、それぞれの場所で頑張ればいいじゃないか。そう言った後、自分も弟のために、自分自身へ無理させていたことを思い出した。
「そうだな…。真宮の先祖は、元来ただの武人。民を救う戦の中、時の帝に認められ、今の地位に上り詰めたという話だ。そう言う意味では、ヒスイも真宮の仕事を果たしている。もう少し気楽に考えれば良いのかもしれん。お前も、私もな。」

その時、外側から瓦礫が取り除かれた。夕闇に包まれた外界と、手を差し伸べる二人の屈強な武人。ヒスイとワタリベ。
「おうマミヤの兄ちゃん!聞いたぜ、陛下を命がけで助けてくれたんだってな!」
それだけじゃないよ、僕のことも助けてくれたんだ。とヒデアキが訴える。
ヒスイは少し驚き、兄に柔和な笑みを向ける。
「俺達レイハが成しえなかった事、よくやってくれたな!感謝するぞ。」
ヤタは鬱陶しげにリョウブの扉を開ける。
「この少年をすぐにでも安全な場所へ運ぶべきだろう。ヒスイ、早く動かせ!」
と、トウゴツがこちらへ接近してくる。敵は何度攻撃しても退かない。ダメージは負っている筈なのに。
ヒスイはワタリベに二人を任せ、レイエンキュウ片手にトウゴツへ突進してゆく。
「ヒスイ!無茶をするな!」
留めようとするヤタにヒスイは笑む。
「兄貴。アンタは陛下の片腕として真宮を継げ。俺も真宮を継ぐ。民の盾として!」
走り去るリョウブ。見送るヒスイ。角に入るリョウブ。舞う光の龍。

 ウルトラマンリュウラが、トウゴツの前に立ちはだかる!
トウゴツはこれ以上無いほどの強敵出現に高揚、直線的に尾を振りぬく。
これを蹴り一発で弾き、体勢を崩したところへ額の第三の眼からショットスパークルを放射。
しかしトウゴツは倒れず、再びリュウラへ突進してくる。猪の牙を掴み、リュウラはどてっ腹にシャイニングヴァイパーを突き立てる!
人面から吐血する様にもリュウラは心を動かされず、淡々とダメージを与え続ける。しかし、敵はそれでも倒れない。
体中から流血しながらもひたすらにリュウラへ飛び掛ってゆく。それ程戦いが楽しいか。虎の体に乗った人面が、恍惚の笑みを浮かべた。
リュウラは見ていられず、コウへ変身。シャイニングボムを連発する必殺技、ドラゴンスピンを繰り出した。
無数の光弾を浴びせられ、トウゴツは遂に消滅し始めるが、最後に残った人面だけは笑みを浮かべながらリュウラへ飛び掛って…いこうとしていたようだ。

 天皇陛下までも巻き込んだ事件は漸く幕を閉じた。

トウゴツが消滅した付近で一人の子供と三人の成人男子が瓦礫を掘り返している。
「あったあ!」
ヒデアキの手にしっかりとガラガラが握られていた。
「よっしゃ!しっかし…瓦礫に埋もれてた割にやたらと綺麗だなあ。これならちょっと洗って紙を張替えりゃ、すぐ赤んぼに持ってけるぜ。良かったな。」
ワタリベの笑顔に笑顔で応えるヒデアキ。
それを遠くから見守るヒスイとヤタ。
「なあ兄貴、偽物を渡してしまっていいのか?」
「本物はこんな状態だ。赤ん坊の玩具としては有害に過ぎるだろう。」
ヤタの手には、本物のガラガラ…の破片が砂まみれになって乗っている。
今ヒデアキが手にしているのは、ヤタが急いで買ってきた新しいガラガラ。
「ヒスイ、正直なだけでは渡っていけんぞ。」
ヤタは人の悪い笑みを浮かべ、宮内庁へ帰ってゆく。
「んじゃ、ヒデアキも家に帰っか?しかし遅くなっちまったなあ。ま心配すんな。オレとマミヤさんで謝りに行ってやるからな。」
ワタリベはそう言って、二人をリョウブに乗せる。
ヒデアキは、去り行くヤタへ叫んだ。
「ありがとう!」

数日後、ヤタの元へヒスイから菓子折りが届いた。
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第四十四章 
「『日本基地防衛慕情』 東京近郊〜日本海。
関東一帯をまたにかけ、一族の陰謀が渦巻き内乱が炸裂する。
作戦を妨害する謎の法術師。十年前、女隊長の抱いた疑念とは?」
双体邪仙 ホウキ 阿、ホウキ 吽 発現

ゴジョウの自室には、割合様々なものが置かれている。
日本人が蹴鞠の飛距離で世界新記録を打ち立てた際、その鞠が落ちた場所にあった焼き鳥屋の串とか。
杏仁豆腐を頼んだら店員が誤って冷奴を持ってきてしまったので記念に貰ったその器とか。
或いは自分が離反した光の一族からのメッセージを伝える「掌中眼」と称されるアイテム。
主にその内容は、クロサキ ゴウジ=黒濠老師からのカンナ引渡しの要求である。
しかし、その朝は違った。
《ゴジョウ。一族の間に内乱が起こった。…私では、防ぎようが無い。》

その言葉を気にかけつつ、今日も笑顔でシミ隠しも日焼け対策も万全で指令房へ向かう。

「これ…ヒスイくんに。」
カンナから手紙を受け取るヒスイ。差出人は、カンナが以前住み込みで働いていた孤児院の子供達である。
「もう、あの日から一年経ったんですね。」
「…そうだな。…濃い年は短く感じるものだな。」
ヒスイは、自分が二十六歳である事、目の前の少女が十九歳になっていた事に今更ながら気がついた。
ヒスイの年齢に関してはキャラ的に、第一章の時点で二十七、八にしても良かったかなあと今更ながら思った。
「だからヒスイくん、あのぉ…そろそろ…結こ」
「みんな今日も元気に揃ってご飯も済ませてお寝坊さんはいないわね!?」
中途半端に妙な文法でゴジョウが指令房へ現れる。カンナは話の腰を折られたのでちょっと唸った。
ゴジョウはそういったことは気にも留めず、ユリノに呉岳の状況を問う。
神々に敗れたスサノオは、現在中国のこの山に封じられている。
ただ、数回にわたって邪仙がこの荒ぶる神の開放を企てた。だから、レイハはこの山を厳重に警戒しているのだ。
今の所、異常は見受けられないようだ。しかし、「今の所」でしかない。」

一方、日本海を望む漁港、紅退港。ここで漁師から買った烏賊下足の干物をかじりつつ、ミウは一人の男と対峙していた。
「…坂澄。お久。老師さんは?」
男は光の一族。
「ふん、黒濠老師の考えは甘すぎる。我らは神にお仕えする誇り高き民として、醜くあがくレイハを血祭りに挙げる!」

「大宰!中国基地より緊急連絡!呉岳から、スサノオの反応が、消えました…。」
ユリノの報告に緊張する一同。続いてヘキが驚愕の声を上げた。
「日本海に正体不明の物体が出現。内部より呉岳と同様の反応が!」
海中に沈んでいる、血膿色の筒。
「何つーか、形だけ見るとちょうちょのサナギみてーだな。」
ワタリベの指摘に頷くユリノ。
「そう、内部に休眠状態のスサノオが存在してるわ。この物体は、確かにスサノオのサナギなの。」
ゴジョウはヘキとユリノをレイヒュウゴ、レイカイオウに乗せ、現地へ向かわせる。二機は空中で合体、潜航艇ヒュウカイオウとなって海中へ飛び込む。
今回二人に託された任務は、あくまでスサノオの調査である。攻撃し刺激する事は許されない。
同じ頃、男ばかり十人程度、日本基地を来訪。守備兵がこれを制止しようとするが、男の一人から伸びた長大な牙が、守備兵を刺殺。
続いて、別の男が守備兵の遺骸に乗り移り、他の男達を率いて基地内部へ潜入する。牙を用いた男は一旦基地を後にした。

「水映姫、あれが何か分かるか?あそこにはスサノオが眠っている。あれを覚醒させれば、この世の全てを崩壊させる事も可能だ!」
スサノオのサナギを指差し、高らかに笑う坂澄。ミウはこの男が笑うのを理解できない。
「スサノオを解放するって?んなことしたら他の神が怒る。アンタたちも、確実に神罰を喰らうんだよ?」
坂澄は、尚も笑う。
「神など…、虚ろなるものが降臨すれば敵ではない!」
虚ろとは…?
ミウの疑念に応じず、坂澄は強大な力を身にまとい始めた。

一方、日本海を望む漁港、紅退港。ここで漁師から買った烏賊下足の干物をかじりつつ、ミウは一人の男と対峙していた。
「…坂澄。お久。老師さんは?」
男は光の一族。
「ふん、黒濠老師の考えは甘すぎる。我らは神にお仕えする誇り高き民として、醜くあがくレイハを血祭りに挙げる!」

「大宰!中国基地より緊急連絡!呉岳から、スサノオの反応が、消えました…。」
ユリノの報告に緊張する一同。続いてヘキが驚愕の声を上げた。
「日本海に正体不明の物体が出現。内部より呉岳と同様の反応が!」
海中に沈んでいる、血膿色の筒。
「何つーか、形だけ見るとちょうちょのサナギみてーだな。」
ワタリベの指摘に頷くユリノ。
「そう、内部に休眠状態のスサノオが存在してるわ。この物体は、確かにスサノオのサナギなの。」
ゴジョウはヘキとユリノをレイヒュウゴ、レイカイオウに乗せ、現地へ向かわせる。二機は空中で合体、潜航艇ヒュウカイオウとなって海中へ飛び込む。
今回二人に託された任務は、あくまでスサノオの調査である。攻撃し刺激する事は許されない。
同じ頃、男ばかり十人程度、日本基地を来訪。守備兵がこれを制止しようとするが、男の一人から伸びた長大な牙が、守備兵を刺殺。
続いて、別の男が守備兵の遺骸に乗り移り、他の男達を率いて基地内部へ潜入する。牙を用いた男は一旦基地を後にした。

「水映姫、あれが何か分かるか?あそこにはスサノオが眠っている。あれを覚醒させれば、この世の全てを崩壊させる事も可能だ!」
スサノオのサナギを指差し、高らかに笑う坂澄。ミウはこの男が笑うのを理解できない。
「スサノオを解放するって?んなことしたら他の神が怒る。アンタたちも、確実に神罰を喰らうんだよ?」
坂澄は、尚も笑う。
「神など…、虚ろなるものが降臨すれば敵ではない!」
虚ろとは…?
ミウの疑念に応じず、坂澄は強大な力を身にまとい始めた。

レイハはスサノオのサナギの様子をじっくり観察しているわけには行かなくなった。基地に複数の侵入者が確認されたせいである。
彼らはどうやら機翼の置かれた格納塔を目指しているようだ。ツルギヤマ将軍の指示を受け、ワタリベの親父様が警務兵を出撃させている。
騒ぎの中、先刻の「牙を用いた男」が強大な力を身にまとう。紅退港の坂澄と同様に。
二人は異なる箇所で、同時に姿を変えた。イノシシに似た巨獣へ。

紅退港に出現した個体を「ホウキ 阿【ア】」、基地へ出現した個体を「ホウキ 吽【ウン】」と呼称する。
ホウキ 阿(ア)はそのまま海にダイブ、ホウキ 吽(ウン)は基地へ接近してくる。その上、少々厄介な事実が判明した。
日本海のホウキ ア はスサノオのサナギと、基地のホウキ ウン は基地中枢とシンクロしてしまっているのだ。
つまり、ホウキ ウンを倒せば基地も崩れ去ってしまう。
同じく、ホウキ アを倒せばサナギの外殻が崩壊し、スサノオが復活してしまう。

そういうことか、とゴジョウは思った。
光の一族は分裂したのだ。神と共に生きる道を歩む黒濠老師らと、その教えを破った一派。
破戒派は何らかの手段で邪仙と契約し、スサノオをも人質に基地壊滅を企てた。
しかし、神を裏切り自分たちとも敵対する事に、何の意味があるのだろう?

「ゴジョウさん、どうしやす?」
基地に現れたツルギヤマがクールに見せておいて実の所丸投げ発言。
ゴジョウはしばし悩む…。そして、
「小宰、地下に降りて。札で合図したら中枢部の動力制御盤を破壊して頂戴!」
何言ってんだこの人は。
「ヒスイくんとカンナちゃんは格納塔へ移動、侵入者を排撃して。ワタリベくん、基地の機能が停止したら札にこの文を書き付けて!」
基地機能が停止すれば、ホウキを倒せない。何か考えがあるのだと思うが、それを理解できない。しかし、言ってるヒマもないので四人はそれぞれ指示された任につく。
格納塔で、銃撃戦が始まる。

「遅かったか!」
ミウの元へ、クロサキ=黒濠老師が悲痛な声と共に姿を現す。
「どういうことです?」
「連中は、レイハを滅ぼそうと短慮に走った。…彼らは邪仙と契約し、融合した。」
邪仙とはそもそもコミュニケーションが取れない存在であったはずだ。しかし、邪仙の方から接触を図ってきたとなれば話は別。
「ホウキは、スサノオ覚醒へ王手をかけてきた。良いか、ホウキとサナギを繋いでいる力の流動を断ち切るのだ。お前の、炎の剣で。」
「こんな時ばっか、あたしを利用しようって思ってんだ。」
ミウは、黒濠へバーニングヴァジュラを突きつける。
しかし、その手をミウの中の鬼神が止めた。
《堪えよ。ミウ、そなたの仲間がホウキに苦慮している。…救え。》
「でも!」
《何、そのようなニンゲンの老体など、いつでも切り捨てられるではないか。》
「そだね。さすがあたまいい。」
傍から聞けば漏らすような会話内容であるが。兎も角ミウは黒濠に突きつけていた剣を下ろし、ウルトラマンラセツへ転化する。

日本基地では、ヒスイが何とか格納塔を奪還、爆薬も奪う。しかし、麻酔弾を打ち込まれた工作員は突如、紙製の人形へ変化する。
「しまった!式神か!」
影武者であった。直後、格納塔の照明が消える。工作員本隊が塔の機能を停止させたのだ。
隣接する基地本殿を見入るヒスイとカンナ。接近してくるホウキ ウン。基地の防御用神宮だけでは防ぎきれない…。
すると、急に本殿の照明も消えた。驚く間もなく、復旧した。
格納塔にも光が戻る。急ぎカンナはレイキザンへ搭乗し、飛び立った!その上、ホウキの動きは完全に停止している。
「…どーゆーカラクリっすか?」
呆然とするワタリベにゴジョウが笑顔で答える。

「ホウキ ウンは牙から出す『力の流動』で、基地中枢と繋がり、基地そのものを人質にしたでしょ?なら、この流動を断ち切ってしまえば基地は助かる。
で、断ち切る以上重要になるのは、ミウツシノヤイバを使えるレイキザン。
じゃあ工作部隊はレイキザンの動きを封じようとする。ここまではすぐに読めるわよね。」
とりあえず頷くワタリベ。
「まず、格納塔を狙った工作部隊。あんなに目立つ大きな爆薬抱えてるんだから囮なのは確実。
でも、機翼一つ吹き飛ばすにはあの爆薬でも足りないぐらい。防御用神宮があるから、呪法で機翼を壊す事もできない。
ただし、動力を停止させてしまえば簡単に機能を止められる。
なら、格納塔と同時に中枢部の動力を切ってしまえば、工作部隊の混乱を招けるし、繋がってるホウキの動きも止まるわね。
次に、中枢部を介しない緊急時の予備動力を、札を使って立ち上げてもらったの。
中枢は動いてない。後はカンナちゃん、ミウツシノヤイバを使って、力の流動を断ち切って頂戴!」

大胆な策…。フナトは久々にゴジョウの底知れなさを覗いた気分。
「カンナ!奴の牙からは猛毒が分泌されるらしい。周囲に人がいないことを確認してから断つんだ!」
ヒスイの解析に従い、狙いを定めるカンナ。標的は動かない。絶好の機会だ!
…と?
「大宰!ホウキの足元に人が!」
術師のようだ。しかし、軍人ではない。そこにいると、牙を切断した際に猛毒を被ってしまう。
「地上部隊!彼らを下がらせて!」
ゴジョウの指示に従い、術師らのもとへ地上部隊が向かう。
しかし、術師はその場を離れようとしない。その上、錫杖を振るい、ホウキへ術をかけ始めた。
これは…攻撃しているのか?危険だ。ここで攻撃したら、せっかく沈静化したホウキが覚醒する恐れがある!

攻撃を止めようとしたが…遅かった。ホウキは復活、牙から放射するエネルギー流で再び基地中枢とシンクロする。
その上、中枢の方が自動防衛機能を駆使し、内部の職員を攻撃し始める。
ホウキは再度中枢とシンクロした際、その主導権を掌握してしまったのだ!
このままでは基地からの攻撃によって全滅してしまう…。それに、ホウキを粉砕すればやはり基地は崩壊するだろう。

ゴジョウは、ツルギヤマとワタリベ親父を振り向き、正面から言う。
「避難命令をお出し下さい。…東門を開けて。全員避難。基地もろとも、ホウキを殲滅します。」
基地もろとも?
「ちょ、待ってください待ってください!基地を自爆させて奴を倒そうっつーことですか?」
焦るワタリベ。
「このままじゃ、基地がどんどん侵食されて、邪仙と同質のものになってしまうわ。その前に。」
しかし、ワタリベは食い下がる。
「ここをぶっ壊されたら、オレらの、軍の、民の戦おうって気概が消えちまいます!それならいっそ…」
そのワタリベの肩を、父親が掴む。
「サクヤ。死ねば、気概も何もさっぱり消え去ってしまう。今は、皆で生き延びることを考えよう。」
父親の、単純だが真摯な言葉に、首を縦に振る。

基地の職員は続々と避難し続けている。
レイテイも、後はレイハの司馬らとツルギヤマたちを乗せれば飛べる。カンナも一旦着陸し、もみ合う地上部隊と術師らを回収する。
フナトから、日本海でラセツと共にホウキ アと戦うヒュウカイオウへ連絡が入った。
「ちょっとまあ一身上の都合により、基地を捨てなきゃなんなくなったから。ホウキ アを倒したら直ぐに離水して、レイテイと合流ね。」

正直、極めてショックであった。だが、そのショックに心動かされているヒマもない。
眼前の敵の牙を折れば、流出した猛毒が付近を汚染してしまう。しかし、折らずに倒せばスサノオが覚醒してしまう。
「よおし…ユリノさん、僕の開発した超長距離圧殺砲を出来るだけ広範囲に、んでもって最大出力で発射する!

ヘキはどんな作戦を実行しようというのだろうか?
ユリノは、彼に信頼を置いた上で、眼前の紅い巨人へ語りかける。
「頼むわ、手伝って!」
ラセツは、ミウは頷いた。

ヒュウカイオウの機体。そのレイカイオウ部分を用いて鬼道機関を発動、ホウキ アの周囲を取り囲み、重力を遮断する。
次にヒュウカイオウから放たれた強い閃光は、ホウキ アを直撃、海面に敵を弾き出した。
それを海面から飛び出したラセツが狙う。ハデスヴァジュラよりソードスパークルを発射し、牙を切り落とす。
断面から溢れ出す毒液。同じく海面から飛び出たヒュウカイオウは、レイヒュウゴとレイカイオウの二機に分離。
レイヒュウゴからの鬼道機関で法陣を空中へ形成し、毒液を無効化した。
ラセツは拳より、ハデスフレアを放射、墜落してくるホウキを炎へ包む。
火達磨になったホウキ。さらにラセツは、光の鉤爪オーガ・プレッシャーを、その火達磨へ撃ち込む。
辛うじて、一匹目のホウキは撃滅された。

ホウキを攻撃していた術師は、光の一族、黒濠老師一派の遣いであった。
レイハが滅びればスサノオを止める手段は無くなる。だからホウキを倒してレイハを救おうと思ったのだが逆効果だった。
結果これまでに無くイラついてらっしゃるユリノを乗せ、レイテイ、発進を開始する。
カンナもレイキザンで待機している。これで基地に残っているのは、ゴジョウとヒスイのみ。
「大宰!基地爆破、準備完了しました。さあ、急いで脱出を!」
ゴジョウは、レイアウトがボロボロになった指令房を見入り、そこへ立ち止まっている。
「…大宰?」
「カンナちゃんを確保するために軍に潜入する前だから…十年ぐらい前の事かしら。」

十年前、ゴジョウは光の一族として、神山にいた。
「ふと思ったのよ。神々は、どうして宇宙に『命』を創り出したんだろうって。
命を持つ者は、他の命を奪わなくては生き永らえる事ができない。
他者を喰らって生きても、喰らわれずに逃げ延びながら生きても、寿命が来て、結局は倒れる日が来る。
だから悲しみ、痛み、憎しみが生まれる。そんな事、神々は分かっていたと思う。
じゃあどうして、彼らは『命』なんて創ったんだろう…。」
ホウキは基地へ迫り、レイテイはゴジョウの脱出を心待ちにしている。
「で、去年、ギアロが現れたとき、貴方はカンナちゃんを助けるために命を投げ出した。それで、ちょっと思ったの。
『命が存在する理由は分からないけど、命を救う様は、美しい』
ってね。」
ゴジョウは、通信用の札に言霊を込める。
「小宰、早く飛ばないと基地崩壊に巻き込まれるわよ。…急ぎなさい。」
レイテイでは、フナトがその言葉を聞き、操縦桿を握り締める。
「…御意。」

「マミヤ君、貴方も早く脱出しなさい。ホウキはレイテイにも目をつけてるわ。皆を、救って。」
ヒスイは、ゴジョウの真意を悟った。彼女は、基地と心中する気だ。
「何故です!?自動爆破機能を使えば脱出してから破壊する事も容易いはず…!」
「中枢部は完全に奪われたわ。予備動力も侵食が始まってる。爆破するには誰かが手動で残らなくては…。」
そう言ってゴジョウは、ヒスイへ微笑む。
「マミヤ君、レイテイを援護、無事脱出させなさい。…治安維持院からだから、六年の付き合いだったわね。…元気でね。」
ヒスイは思う。ひょっとしたら、六年前から彼女は死ぬつもりだったのか。栄光を求めて。神ではなく、人間を救う事で。
「…龍、明、和合すべし。」
ヒスイはリュウラへ転化、ホウキの前に立ち塞がる。

基地から完全に脱出するレイテイ。そのレイテイへ突進するホウキ。
指令房へ一人残り、ゴジョウは炎の気を基地全域に集中、増幅させる。
ホウキはそれに気付き、悶絶する。シンクロした中枢が受けたダメージは、やはりホウキ自身をも苛んでいる。
リュウラは冷静であった。レイテイの離脱を見届けるやコウへ変身、
ホウキを、必殺のドラゴンインパクトが襲う。
光の龍が直撃し、ホウキは逆襲する間もなく消滅してゆく。

「龍に消し去られるなら…」
基地の全てが焼け落ちてゆく。紅蓮の炎の中、ゴジョウは優しく、あくまでも優しく笑う。

と、炎に包まれる天井に、一筋の蒼天が覗いた。カンナだ。
自分も基地も、消滅していない。
カンナの放ったミウツシノヤイバは、ホウキの牙を折り、基地とホウキとの呪縛を断っていたのである。
直後ドラゴンインパクトが撃たれ、毒を分泌する間もなくホウキは消滅した。

レイキザンから手を伸ばすカンナ。
「生きろって、事ね…。」
ゴジョウは、カンナの手をしっかりと掴んだ。
「ヒスイくん、大宰は、無事です。」
焼け落ちる基地より、レイキザンは再び飛び立った。

四十五章へ続く。
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第四十五章 恐れられていたレイハの復活宣言
吸怨轟邪仙タケリギアロ発現

レイテイは、レイキザン、離水したヒュウカイオウと合流、やむをえず紅退港へ着陸する。東京の圏内だし、歩けば街まで半里も無い。
「んじゃしばらくはこの船がオレらの基地、この操縦室がオレらの指令房になるんすね?」
父の説得で割り切ったのか、ワタリベは一向に気にしているふうが無い。
一方でユリノは、下手な攻撃でみすみす基地陥落を招いた光の一族の術師らに、天下無双にイラついてらっしゃる。
それが爆発すると怖いので、フナトがガス抜きを図る。
「ユリノさあ、海でホウキと闘ってた筈なのに基地が壊れる時あたしらと一緒にレイテイに乗ってなかった?」
「あれ式神です。」
「あ、そゆこと。」
ガス抜き終了。

術師らの弁解に淀みはなかった。
光の一族が、神と共に生きる自分達黒濠老師一派と、神を裏切りスサノオ覚醒を企てる破戒派に分裂。
破戒派は更に、接触を図ってきた邪仙と融合し、レイハとウルトラマンを壊滅させる為暗躍し始めた。
黒濠老師一派は神々の為に破戒派の妨害を続けており、今回も彼らを止めるべく闘った。と。
「でも、僕達に任せてくれていたらホウキは倒せたと思うけど、何で作戦に割り込んじゃったんだい?」
ヘキの問い。答える術師ら。
「君達の能力では、とてもホウキを倒せるとは思えなかった。だから手助けしてやろうと思ったんだ。」
黙って聞いていたヒスイは、術師を殴りに行こうかと思ったが、元来光の一族は自分達只人を下に見て生きてきた民族だ。
殴ったところで彼らの意識は変わらないだろう。落ち着かせるため、フナトへ別の話題を向ける。
「…ところで、ワタリベは何処へ?」
「親父様と一緒に船を降りてた。直ぐ戻ってくると思うけど。」
父と共に船を降りたワタリベ、その前に立ちはだかったのは!
「我が妻!」
「久しぶり我が亭主!」
二人は駆け寄り、妻の肘が亭主を突き飛ばす。
「急にごめん。お客達が『レイハが負けた』『軍がやられた』『ウルトラマンも役立たず』って五月蠅くてさ。」
だから亭主やその同僚らの様子が気になり、ここまで走ってきたと。
「そりゃあ嬉しいけどオレに肘打ちする意味あんのか?」
フユミは亭主の問いには応じず、義父へも軍人らの様子を聞いてみる。
「レイハもそうだが、幕府{参謀本部}の連中も大分憔悴しておるよ。ツルギヤマ将軍が皆を元気付けている最中だが、戦意は低下しっぱなしだ。それに」
ワタリベ幕官は、十枚ほどの手紙を取り出す。
「これで千分の一というところだ。全て民からの苦情。」
幕官は、その辛辣な、物によっては荒唐無稽な苦情を有難く懐へ直す。
「フユミさん、我らは民を無理やりに働かせ、民から税を吸い上げ、それで戦力増強を図ってきた。
民は我ら軍からの徴税を、生活を守るため必要な出費だと信じておったのだ。その軍の砦が陥落した…。民が怒るのは道理だ。」
幕官はレイテイを見上げる。この船と、積載された三機ばかりの機翼。それが現在の戦力。
幕官は、関東圏中の関連施設を廻り、機翼を譲り受けるための交渉に入るため、息子夫婦より先にレイテイへ戻る。
「…フユミさん、サクヤ。言いたくはないが母さんからも苦情が来ていたぞ。」
「何て?」
「孫はまだかって。」
関係なくね?

カンナに救出されてから、ゴジョウはずっと黙り込んでいた。
そこへ、ヘキやユリノと合流したミウが声をかける。
「詳しい事、マミヤさんとかから聞いた。…死にたかったわけ?」
「…意外かしら?時代こそ違えど、貴女も光の一族として考えた事がある筈よ。自分達は神山で生まれ、神山で生き、神山で死ぬ。神へ媚を売り、彼らの恩恵に頼らなければ生きられない。それが光の一族。」
ミウは、やはり否定できなかった。正義の名の下に母親を殺され、姉を憎むよう仕向けられ、あげく自分がこの時代で発見した学舎という居場所も奪われた。
何のための命だ。

術師らへの尋問は一通り終了。そのヒスイへ来客の伝令があった。
船を降り、指定された場所へ向かい、クロサキ=黒濠老師と面会した。
「…どういう了見だ?この船まで壊しに来たか。」
「…マミヤ ヒスイ。お前達の砦を落としたのは、神々の本位ではない。」
確かに、術師が邪仙を止めようとしていた以上、少なくとも神々を敬う黒濠一派は日本基地の陥落を恐れていた、とは考えられる。
「…では聞こう。神々は何を恐れている。カンナの力だけではあるまい。他の人間も容赦なく殺してきたのは何故だ?」
黒濠老師は、足元の波へ視線を落とし、独り言のように言う。
「スサノオに、人間を食わせるわけにはいかん。だから奴が蘇る前に、人間を滅ぼす。そういうことだ。」

正直、神々も七千年前ラゴウが最終戦争を起こすまでは邪仙という存在を知らなかった。
地球以外には来訪せず、怨念を喰らって成長する奇怪な存在。
彼らは自分達神々に殺された者達の怨念を喰らい、強大な力を持って暴走した。
神々は、彼らを本能のままに生きる下等な存在だと考えていた。しかし、それは間違い。
邪仙には、二つの目的があった。一つは自分達と同じくカンナ抹殺。
もう一つは、かつて放逐された暴神スサノオの覚醒。

「奴はかつて高天原を追放された恨みを持っている。同時に、地球との関わりが深い神でもある。
故に地球の人間を喰らえば、力はさらに増大する。その状態で高天原へ復讐をかけようものなら…。だから神々は人間を早めに滅ぼし、スサノオの糧を断ちたかったのだ。」
だが、邪仙は人間を滅ぼして効率よく怨念を吸収するため、スサノオを復活させた。
正確に言うと未だ復活には至っていないが、恐らくは時間の問題。
「だから、俺達の基地を守りスサノオ撃滅の可能性を上げようとしていたんだな?」
救いようがない、と思った。神山に棲まない只人を見下し、神に媚を売り、二人の若い少女の人生を狂わせ、神にとって都合が悪いからカンナを引き渡せと言い、断られれば邪仙との協力さえも惜しまず自分達と敵対する。
「卑屈な奴らだ、許せん。って思ってますか?」
「カンナ?…よく分かるな。」
いつの間にか現れた「神を殺す者」が、ヒスイの横へ腰を下ろす。
「人は変われない。」
座るや否やカンナはそう口にする。
「少なくとも、これまでずっと信じてきたことを、簡単には覆せない。ヒスイくん、そうじゃないですか?」
確かに、目の前の少女が実は先物取引のプロだったとか言われても直ぐには受け入れられないだろう。
「そうですね。光の一族は…わたしやミウはちっちゃい時に離れたから分かんないですけど、
きっと『自分達は只人より高みにいる存在』って、ずっと信じてきたんだと思います。その考えは間違ってますけど、すぐに変える事なんかできないです。だから…。」
カンナは、自分の命を狙っていた老人を正面から見据える。
「老師、いっしょに戦ってください。それで、わたしたちは弱い存在じゃないって事、未来の光の一族に伝え続けてください!」

その時、操縦室から連絡が入った。港へ邪仙が現れたと。
「纂禮だ!」
黒濠老師が叫ぶ。どうやら先日のホウキと同じく、光の一族破戒派が契約した邪仙のようだ。纂禮というのは、その破戒派の術師の名か。
レイテイへ戻る間もなく、爆発が三人を襲う。何処かから火球が放たれたのだ。
ヒスイもカンナも、レイテイに集まっている仲間も忘れようが無かった。
この火球の主。屍を喰らって実体化する巨大な獣。
吸怨邪仙 ギアロ。
しかも、だ。ギアロの足元には多くの民が仁王立ち。火球の余波で焼き殺される者がいるが、他の民はその様子に興味さえ示さず、ひたすらレイテイを睨みつけている。
ギアロに操られ、人質になっているのだ。この状態では戦力云々関係なく、ギアロを倒すことは出来ない。

ゴジョウは、その顔ぶれに見覚えがあった。彼らは昨年、最初にギアロ、およびリュウラが出現した際、自分達が救助した民である。
「出来すぎだわさ。」
フナトの呟きに答えるように、ヘキが分析結果を発表する。
「偶然ではありません。彼らは一年前、ギアロに遭遇した際、奴から呪を受けています。自分達を守るものが消え、失望した時、ギアロの配下になるようにと。」
つまり現在の彼らを支配しているのは、砦を落とされたレイハへの失望感。

「この一年が全て彼らの掌の上だった、という訳ではありませんが、少なくとも彼らは、僕達が負ける事を予期して行動していた可能性は大きいです。
これは、戦力の低下した僕達にトドメを刺すための計略です。そして邪仙、或いは邪仙の支配者は、それほどの存在だった。」

とりあえずこの状況では、レイハから攻撃は出来ない。下手な攻撃で民を巻き込むわけにはいかないし、それはギアロの思う壺でもある。
「…あたしが行く。ウルトラマンの力なら、あの人たちを守りながら戦えると思う。」
ミウが名乗り出る。しかし
「ウルトラマンも役立たず」
ユリノがそう呟いた。
「今、民の多くはそう感じてるわ。正直、私もその考えを全否定はできない…。」
ユリノの顔に迷いの色が浮かぶ。
疲れているのだ、と、辛くも操縦室へ戻ってきたカンナは思った。
邪仙のあまりに大局的な計略。
光の一族の価値観を利用して基地を破壊し、基地を破壊して民を絶望させ、絶望した民を操り人質とし、基地を失ったレイハへ止めを刺す。
その様を見せ付けられ、疲れてしまったのだ、と。
ギアロから民を奪還すれば丸く収まるだろうか?いや、民の絶望感は容易には拭えまい。
人は、すぐには変われないのだから。

「でも…んだったら、自分からウルトラマンになったあたしは何?」
ミウが、泣きはしないが悲痛な声を上げる。
「ゴジョウさんが前に言ってた。ウルトラマンは『究極の人間だ』って。その究極の人間が役に立たないんなら、あたしは何のために鬼神と契約したわけ!?」
カンナが止めようとしたが、先にヒスイが歩み出る。そして…
「小宰。…ヘキ!ユリノ!ワタリベ!」
振り向く四人。ヒスイは、言った。

「リュウラは、俺だ。」

しばし場が硬直した。
「言いたくなかった。しかし、ミウがいたたまれなかったから、言っておく。」
四人は勿論、自分から名乗り出た事にカンナもミウも、ゴジョウも驚いた。

「…期待しないで欲しかった。だから、今まで言いたくなかった。
ウルトラマンは究極の人だというが、俺は真宮家の仕事から逃げたろくでもない人間だ。
ミウやトキツグのように出来た人間じゃない。」
ヒスイは、いつの間にか召喚したアクアアイを見入り、言葉を繋ぐ。
「ろくでもない人間を『ウルトラマン』という色眼鏡を通して見てほしくなかったんだ。
だから隠していた。しかしこの際だ。むしろ、リュウラへ失望してほしくなった。
俺のような馬鹿な人間を、英雄だと思わないでくれ。
俺は君らを信じている。だが、君らは俺を信じない方が良い。
…出でよ、リュウラ。」

ヒスイという男が、水に似た蒼い光を身に纏う。
光は蒼い昇龍の姿を成す。
龍は反転し地へ自らを叩きつける。
光が弾け、蒼いウルトラマンの姿を現出する。
仲間達の眼前で。
リュウラは掌より五芒星の結界ペンタクルフィールドを放ち、民をギアロの呪より遮断する。その上で額の第三の眼よりショットスパークルを放射、敵を牽制し、戦闘態勢へ移行する。

「俺たちを信じられなかった、って訳じゃないんだな。」
ワタリベは、リュウラを見上げ呟く。ヘキがそれに続く。
「そうだねえ。マミヤ君は、自分自身を信じられないんだ。多分、勝手に家を出て行った事をずっと悔やんで。」
ユリノが複雑な表情で頷く。
「てめえの蒔いた種はてめえで摘め、とは思うけど…。摘めなかったって?」
カンナが前に出る。
「馬鹿な事をするって、自分でも分かってて、それでも馬鹿な事をするしかなくて、後で悔やむ。ヒスイくんだけじゃないです。わたしたちだって。」
「うん。あるね。ホントによくある。」
ミウが姉の言葉に同調する。
ワタリベは、視線をリュウラから周囲の皆へ移す。
「じゃあ、アレかな。今までマミヤはある意味一人で戦ってたっつーことか?
アイツは俺たちに頼れなかった。何でかっつったら、自分を信じられないから。力を合わせりゃ俺たちに迷惑がかかる、そんな風に変な思い込みしてさ。」
ユリノは、レイテイの格納庫を操作、レイヒュウゴを離陸可能状態に移行させる。
「マミヤ、失望なんてしてないわよ。無理にでもアンタと手を組む。アンタに私達を仲間だと認めさせてやる!」
沈黙していたフナトは、同じく沈黙しているゴジョウを振り向き口を開いた。
「大宰。出陣の采配を。」
「…小宰。私は…」
「我々は軍人ですが、貴方の下にあったのは、貴方がそれだけの器を持っておられると信じたからです。砦とともに朽ちる道を選ぶなど、貴方の器にはそぐわない。」
傍目から見ていた黒濠老師は、ゴジョウのこれ程真摯な表情をはじめて見た。
「どうか死を選んで下さいますな。神にも抗える貴方です。自分自身の疑念や慙愧に抗えぬはずが無い。」
そして、カンナもゴジョウへ語りかける。
「『生きる事』それ自体の意味なんて、考えるだけ損です。考えるべきなのは、『生きて何をするか』じゃないですか?」
ゴジョウは、笑んだ。ようやく。
「カンナちゃん…いいコね…。
…小宰とワタリベ君はレイヒュウゴ、カンナちゃんはレイキザンへ搭乗。ユリノちゃんとヘキ君は地上から民の避難経路を確保。ミウちゃん、協力を要請します。」
司馬らの、そしてゴジョウの面持ちに光が戻ってきた。
「レイハ、出陣!」
短いながら、精一杯の思いを込めた采配。
「御意!」
短いながら、精一杯の思いを受けた礼。

ギアロの火球、それ自体の威力は変らない。ただ、ひたすらにリュウラの足元を狙ってくる。バランスを崩そうとしているのか?邪仙の割には妙に人間臭い攻撃。
「纂禮!やめるのだ!神はお怒りだろう。お前も光の一族として…」
{{神などいらぬ。虚ろの存在、それこそが絶対正義!}}
ギアロと融合し、その力でリュウラと闘っている術師、纂禮は黒濠老師をあざ笑う。
一方の黒濠は焦っている。神罰を恐れ、同時に纂禮を心配している。
何故なら…邪仙の糧は死人の怨念のみとは限らぬからだ。

火球は執拗にリュウラの足元を襲うが、リュウラは蹴り技を得意とする。おまけに経験値の蓄積もある。ジンの姿のままでも、昨年とは比べ物にならない能力を発揮できるのだ。
全ての火球は蹴りにより爆裂し無効化、或いは鞠の如く蹴り返され、ギアロのスタミナを的確に奪ってゆく。
{{おのれ…邪仙の力だけでは…龍を殺せない!}}
纂禮自身も焦ってきた。と、その意識に語りかけるものがあった。
〈〈勝テる〉〉
それは、ギアロの声だろうか。
{{本当か?ど、どうすればいい?}}
〈〈お前ヲ食べる〉〉
その言葉(と知覚した意思伝達方法)に疑問を感じるヒマもなかった。
纂禮は、自分に何者かが噛み付いたような感触を受けた。
しかし、そこに痛みは無い。なぜなら何者かが噛み付いたのは、自分の肉体ではなく、自分の意識に対してだから。
直後、自分の価値観に何かが染み込んできた印象を受けた。
自分の意識が、何か異なる魂に侵食され始める。
異なる魂が染み込んだ箇所から、何者かが自分の意識を食いちぎった。

瞬間、怒りや或いは喜びと言った感情が、全て消滅した。
自分は意識を食われる自分を冷静に分析していた。感情という部位が食いちぎられたためである。
さらに、知識の部位も食される。
纂禮には、この時点で何かを感じることも、何か行動を起こすことも出来なくなっていた。
自分がどういう状況に置かれているか考えようとしたが、思考の部位も食われた。
ただ自分の魂全てがギアロに食い尽くされる様を傍観しながら、意識は潰えた。
黒濠の懸念は的中していた。纂禮は、操っていた筈のギアロに吸収され、同化させられた。

纂禮を吸収したギアロは、より醜怪な姿へ変異してゆく。ハガネギアロに似てはいるが、その鎧には以前のような光沢はなく、松毬に似た多重構造の鱗が血膿の色を醸している。
最強の、タケリギアロ。

新たな触手が、リュウラの手足に絡みつく。ハガネギアロはこの触手を鎖鎌とし切れ味鋭い攻撃を行っていたが、
今回は剛力を活かし、敵を押しつぶすという攻撃方法へ転換している。
また、触手を覆う幾百枚もの鱗が鋸の体裁をなし、リュウラへ苦痛を与える。
ハガネギアロの頃より更に高い嗜虐性を持っているようだ。
ショットスパークルで触手を焼ききるも、その隙を突かれ火球で吹き飛ばされるリュウラ。
体勢を立て直すと、その時には既に触手も再生していた。
怨念、狂気、そして支配欲という人間の業を糧としたギアロに、勝つ術は…

「ある!」
再び伸びた触手を、光の翼が切断した。
ミウツシノヤイバ。レイキザンだ!

「ヒスイくん、わたしたちの戦いは、そんなに実りの無いものだったんですか?」
カンナの言に逡巡する。
そのリュウラを襲う再びの火球攻撃。しかし、光の炎が火球を掻き消した。
ラセツである。
ラセツは、続いて触手の切断面へハデスフレアを浴びせ、一時的に再生を中断させる。
地上からヘキの通信が届く。
「小宰!こんな事もあろうかと僕が造っておいたあの呪具を!」
「まかせんさい!」
フナトとワタリベの搭乗したレイヒュウゴが凛々しく急降下、機体下部から竜巻をぶつける。と、タケリギアロの体から粒子が分離し始めた。
コンノカワシズメ。
人間の感情を交流させてその精神を錯乱させる、精神攻撃型の呪具である。
食した感情を体内でしっかり整理していたタケリギアロは、この攻撃で自身の肉体も不安定な状態となった。
リュウラは何も言わないし、ラセツも、司馬らも何も言わない。
この連携体制は、そもそもヒスイが二度目にリュウラへ転化した時からすでに存在していた事。
だから、リュウラを、ヒスイを大切な仲間だなどとは言わない。
そんなこと、皆が分かっているから。
ただ、互いに互いを見交わし、僅かに頷くだけ。

ギアロは不安定な状態になっている。今だ!
リュウラはコウへ変身、突進する。
苦し紛れの火球は自分に炸裂する。炸裂するものは炸裂するにまかせ、疾走する勢いのままギアロの腹部へ右脚でストレートキックを撃ち込む。
引いた右脚は地へ戻すことなくそのまま浮き上げ、後ろ回し蹴り。
後退しようとするギアロへ、続いて左脚で踵を落とす。
ギアロの動きが止まるより先に、三度右脚を上げ、今度は正面から回し蹴り。
その勢いで空中へ浮き上がるギアロ。その隙に左ハイキックをぶちかまし、一気に弾き飛ばす。
そして、最後はやはりドラゴンインパクト。
纂禮の欲望も巻き込み、ギアロはまたも虚空へ還っていった。
自分が目立たなかった気がするが、今回はリュウラと姉、その仲間のフォローに回るのが仕事だから、まあいっか。と、ラセツであった。

「戦って、もらえるわね?」
ゴジョウの問い。ヒスイは、頷いた。
「戦いましょう。共に。」
ゴジョウは、僅かな間の後、いつもどおりに笑んだ。
「良かったわねーカンナちゃん。」
自分より背が高いカンナをなでなでする。カンナは、なでなでされるがままになっている。無言で。
黒濠老師は、術師らと共に帰路につく。
「少し待っていてもらえんか?人一族を説得し、腕の立つ術師を連れてくる。」
そして、白い髭を蓄えた口元、深い皺を刻んだ目元を歪める。
老人は久々に笑ったため、少し気味の悪い笑顔になってしまった。
「それまでは頼んだぞ、五小角焔姫(イツオヅヌノホムラヒメ)。強い力と絆を持つ只人が、羨ましくなってしまった。」
老師は、ゴジョウを一族の名で呼び、一度神山へ帰っていった。
「カンナ、この辺で美味い店ある?」
「甘味処でいいかな?」
「…もちっと腹に溜まるのが食べたい。」
しばらくしたら、カンナとミウは食事にいくようだ。
スサノオのサナギが海に眠っている以上、自分達はあまりくつろいではいられないのだが、今回はいいだろう。
自分達で補い合えば良い。自分には、友がいるのだから。
ヒスイは、そう思った。

メトロポリス上空に広がる不気味な黒雲。
それは宇宙細胞で進化した、バリヤー怪獣ガギのリベンジだった!
次回ウルトラマンリュウラ
第46章「勇気、足りてる?」
お楽しみに
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一章〜四十五章までのあらすじ

現代から遠くない未来、宇宙を統治する高位の神々は、地球人類を滅亡させるため行動を起こした。
神の一人ラゴウが、人間を凶暴化させる力を使い、全面戦争を起こさせたのだ。
文明は崩壊していったが、希望はあった。
高位の神々に仕える「光の一族」と呼ばれる民族がある。
その中で、最強の神「龍」の意を伝える巫女 ミヤビは、龍と融合し、「ウルトラマンリュウラ」へ転化、一族を裏切り、人々を守るため、神々と戦った。
彼女は神々の使者「ウルトラマンカルラ」に抹殺されるも、龍は謎の強大な力を持って産まれてきた、ミヤビの娘にして光の一族の異端児 カンナに引き継がれ、力を振るった。
太陽を肥大化させ地球を飲み込もうとする作戦も龍により失敗、神々は一時手を引く。
絶望から救い上げられた人類は自ら停戦、文明と環境の復興に尽力し始めた。
だがカンナは何故か龍の力で遥か未来へ旅立ってしまう。
光の一族は自分たちと神々の名誉のため、
「カンナ捕縛」
を第一に捉え世代を重ねていった。
そしてカンナの妹ミウは、姉を憎悪し冥府の鬼神と契約、ウルトラマンラセツとなって未来へ飛ぶ。

戦争から最低で七千年後、我々の時代を「旧暦」と呼ぶ未来の世界。
軍人 マミヤ ヒスイ 25歳男性 は、任務の中、この時代に生きていたカンナと、それとは知らずに出会う。
またカンナ自身、旧暦の記憶を封印していた。
ヒスイはカンナを恐れる悪意の存在「邪仙」の攻撃で危機に陥るが、覚醒したカンナに龍を与えられたことで、
新たなウルトラマンリュウラの力を得る。

二人は軍の特別任務班「レイハ」へ入隊する。
しかしそのチームも、光の一族の使者ゴジョウ ホノカがカンナを監視下に置くためカモフラージュ的に作ったものだった。
だが、当のゴジョウがかつてのミヤビと同じく光の一族を裏切る。レイハは民を守るため邪仙や光の一族と戦いはじめた。
この時代へ飛来したミウも当初はカンナの抹殺を企むが、戦いの中で徐々に和解していく。
業を煮やした神々は、ミヤビの仇 ウルトラマンカルラと、旧暦最終戦争の火付け役ラゴウを協力させた両面攻撃を展開。
だがそれも、リュウラ、ラセツ、レイハの絆の前に砕かれた。

鳥神ガルーダと契約しウルトラマンカルラの力を使っていた光の一族の戦士 アサギは、最終的にリュウラの手で抹殺された。
しかしガルーダは、カンナに救われた。
優しさと強い使命感の持ち主であるガルーダは、神々の正義を信じるあまり、アサギの契約を断れなかったのだ。
アサギから解放されたガルーダは、軍の若き訓練生 ロクドウ トキツグと契約、新たなカルラとなる。
トキツグは、尊敬するスガ教官をアサギから守れず、みすみす死なせてしまった自分の無力感に悩みながらも、リュウラたちに協力して戦いの場へ躍り出る。
だが、神の一人 フクギとの戦いでカルラは時空の歪みへ飲み込まれ、消息を絶った。
その後も戦いは続き、レイハは基地を失い、リュウラの正体も判明する。
だが、レイハの絆はそれでも断てない。それどころかますます闘志を燃やす。
そして、光の一族とも和解に成功した。
また、邪仙がカンナ抹殺の他、休眠状態にある暴神 スサノオの復活を企てている事も判明した。

熱き魂を秘め、スサノオとの決戦に臨むレイハ。そして二人のウルトラマン。

だが、もう一人の戦士トキツグはどこにいるのだろう?

ここはどこだったろう。
自分の正面には照明が、やや過度な光量を放っている。
それをボンヤリした頭で視認しながら、初めて自分が白い寝台に横になっている事に気付いた。
頭上の袋から伸びた管が、先端の針を自分の腕に突き刺し、何らかの物質を常に送りこんでいる。
とりあえず毒ではないようだが、気分は悪い。
いまいち頭の焦点が定まらず、少年は、ロクドウ トキツグは自分の中の鳥神ガルーダに状況を問う事も忘れ、再び寝入った。
トキツグがその場所を知らないのは当然。
ここは、メトロポリス中心部の総合病院である。

その病院に、一人の中年がカメラを引っ提げて姿を見せる。病院内は禁煙であるため、入口から少し離れて二本ばかり灰にする。
「あの人、煙草はどうなんだろうなあ。」
酒の飲めない飲み友達を思い出してそう一人ごちた直後、携帯が鳴った。デスクだ。
鶴ヶ崎発電所を怪獣が急襲したと。
「鶴ヶ崎か。結構遠いな…。まあできるだけ急ぎますよ。」
三本目を揉み消し、踵を返して愛車のドアを開ける。
それより少し前に怪獣出現の情報はGUTSに届いており、既にガッツウィングが出撃していた。
沈む夕日を背に急行する二機のウィング。
輝く一番星も、眼下の円谷プロ社屋も目に入らず、ひたすら鶴ヶ崎へ急行する。
しかし、愛車を鶴ヶ崎へ向ける小野田には、頭上のガッツウィングを見上げる余裕があった。
「頼むよ、ムナカタさん。」

ウルトラマンリュウラ 第46章 勇気足りてる?
変異ハンター エボルムザン、変異バリヤー怪獣 エボルガギ登場

現地には、サソリの尾から首が生えたがごとき異形があった。
「ムザン星人だ!」
シャーロックで参上したヤズミ。仮想都市での嫌な思い出がよぎる。
「けっ!また地球でハンティングか!?」
怒気を顕にするシンジョウ。
「落ち着けアホ。狩りのターゲットを搭載した隕石はルシアん時以来落下してない。コイツは、狩りに来たわけやない。」
冷静なホリイ。
「お前アホは余計だろこのアホ」
吠えるシンジョウは無視する。
「奴は、何をしに?」
本部で考え込むイルマ隊長。
「各機、攻撃開始。発電所に近づけるわけにはいかない!」
ムナカタ副隊長の指揮の下、二機のガッツウィングがレーザー砲「ニードル」を、シャーロックがスクロール砲を発射。ムザン星人を攻撃する。
が、ウィング1号で火器管制を務めるダイゴは、いまいち身が入らない。先日のタイムスリップで遭遇したもう一人のウルトラマン…。
(あのウルトラの星はどうしたんだろう?)
それが気になって気になって。
「ダイゴ?どしたの?」
メインパイロットを務めるレナの声で我にかえる。
その時、脊髄が外れて独立するだけだったはずのムザン星人の背中から長大な触手が伸び、ウィング1号を弾いた。電気系統に異常が発生する。
「ちょっとダイゴ!」
「えぇ?オレのせい?」
明るく詰るレナと素で困惑するダイゴは、同時に脱出。
レナはヤズミと合流し、ガッツライフルで攻撃再開。
ダイゴはガッツハイパーの電磁パルス弾でムザン星人を誘導し、発電所から遠ざける。
そして物陰に入り、古代英雄戦士の証、スパークレンスを右手に握る。
スパークレンスの翼が開き、光のレンズが現れ、そこへ金色の稲妻が収束する。交差した腕を回し、頭上へ掲げられたそれは強大な閃光をその場へ巻き起こす。
そして、光の中から「巨人」が姿を見せた。
ホリイが喜びの言葉をもらす。

「、ウルトラマンティガや。」
巨人は右手刀を突き出し、左手で胸の前に拳を作り、戦闘態勢に突入した。
四足のハンターは素早く決着をつけるべく、巨岩も砕く頭蓋を打ち込んだ。
なにせ相手は同胞の仇だ。早めに倒さねば自分が狩られる。
じっくり楽しむいつもの狩猟とは勝手も性質も相手の格も違う。
この時点でムザン星人はまだ、ティガも短期決戦より道がない事に気付いていなかった。
前回で首の旋回パターンは把握している。
ティガは頭突きを避け、首筋を蹴りムザンの背後に回り、光の手裏剣 ハンドスラッシュ を投げる。
触角からの光線で相殺を図るも、光刃はそれより早く胴に抉り込み、爆発を引き起こす。
しかし、ムザンは今一つの武器を持っていた。背中より伸びる件の触手である。
ティガの両足を拘束し、さらに帯電して全身にダメージを与える。
「どっかで見たな…。」
その攻撃にデジャヴを感じるホリイ。
ウィング2号から発射された徹甲弾が触手を切り落とした。
少なくとも触手はジョバリエクラスだったようだ。
ティガは脱出するや己を赤い姿へ切り替える。スタミナと剛腕で戦う パワータイプ である。
四足では格闘戦に不利と見たかムザンは後ろ足で起立し、二足歩行型へチェンジする。
だが、前肢の鋭い爪がティガに突き刺さるより先に、ムザンの腹部をティガパワーキックが捉えていた。
余りの衝撃に動きを止めるムザン。ティガはそれを抱え上げ、ウルトラヘッドクラッシャーを決めた。敵を脳天から大地へ打ち込む荒技だ。
ティガは更に、両掌へ発生させた光熱火球を一点に集束、起き上がろうとするムザンへ必殺の デラシウム光流 をぶつける。
だが、その業火に包まれてなおムザンは生きていた。
明滅を開始するカラータイマー…へ、光の渦が集中し、閃光が打ち出される。
これを右拳へ纏い、霧門岳以来の超必殺技 ティガ電撃パンチ を放つ。
この一撃で、ムザンは漸く自分達の遊び相手が味わう苦痛を知った。それも一瞬で、後は闇へ溶ける自分を僅かに感じたのみ。
小野田、小さくGUTS間違えたガッツポーズ。珍しくウルトラマンティガの写真が撮れた。
巨人は今日もやはり空へと消えていく。
見届けた小野田は「あの少年」の取材へ戻る。
あの少年も、ウルトラマンなのかも知れない。
熊本に現れたような破壊神ではなく、ティガと同じ優しい超人としての。
そんな事を考えながら、アクセルを踏み込んだ。

「これを見て下さい。」
房総半島沖、TPC極東本部、GUTS指令室。ヤズミがモニターに昨日の戦闘状況を映し出す。
「概算ですが、今回出現したムザン星人は以前の個体と比して約260%の身体的剛性を持っています。多分、ガルラクラスなんじゃ…ないでしょうか。」
それは個体差などで片付けられるレベルではない、とヤズミは付け加えた。それを受けてホリイが前に出る。
「さて、ここで今回のムザンの細胞を見てみます。ティガが殆んど焼き払ってもーたから採取に手間かかったけどな。」
レナがダイゴを睨む。
何ですか。
「右が前回赤峰山で採取された細胞。左が今回の個体の細胞。」
モニターに二種の拡大図が示される。
左の細胞には、何か別の細菌或いは蛋白質が絡み付いているように見える。と、イルマ隊長が指摘すればホリイが答える。
「さすがですね。…今回のムザン星人は、エボリュウ細胞に寄生されてました。」
エボリュウ細胞。
寄生した生物の肉体を飛躍的に強化させる宇宙細胞。
しかし、宿主は生命維持に膨大な電気エネルギーを必要とする。
また、宿主の感情に作用し、これを怪獣化してしまうこともある。
ムザン星人は何処かでエボリュウの影響を受け、同族を遥かに凌ぐ力を手に入れた。
同時に自らの糧を得るため
「発電所を狙ったって事か…。」
ダイゴが呟く。
「しかし、ムザンがエボリュウに感染した経緯は分かんねえんだろ?宇宙飛んでて偶然に衝突でもしたのかよ。」
「そこまでは知らん。」
ホリイは正直である。ややあって、メトロポリスの病院に収容されている一人の少年の事を思い出した。
「実は彼がエボリュウの感染源やったとしたら、ギジェラが通じんかった理由も説明できるな…。
ま、患者たちを助けた行動原理は理解できひんけど。」
ダイゴとムナカタが、調査に赴いた。その少年は、具体的に何をしでかしたのだろう?

何しでかしたのか不明な少年が、眼を覚ました。ベッドから飛び起き、咳き込む。
ここはどこだ?
《すまない。もう少し眠っていてほしかったんだが…。》
自分の中から聴こえるどこか遠慮がちな声。ガルーダか。そういえば自分は…
《フクギを殲滅した際、私達は時空の乱れに巻き込まれ、この世界のこの時代まで飛ばされてしまった。》

「オレはどれぐらい寝てたんだよ。」
《半年ほどさ。別に眠ったというほどの時間では》
「てめえどの嘴が」
ここでガルーダはまたも神々の常識を人間に当てはめてしまった事に気付く。申し訳ない。
一方のトキツグは、半年も眠っていたわりには体調が良い事に気付く。
問うべきことは多いが、ガルーダがやけに緊張しているのでトキツグも気を遣わざるを得ず、故に沈黙が復活する。
「と…とりあえず、何か来るのかよ?それだけ教えてくれ。」
《詳しくは分からないが、来る。君と似た者が。》
数分後、病院内は混雑していた。
トキツグは困惑した。その群衆が、全員自分を見物に来たふうだったので。
自分を調査しにきたムナカタという男は、自分が自分の言葉で話している事に驚いているようだ。
「あの…オレ半年間寝てたらしいですけど、その間何かあったんですか?」
ムナカタが話を始めようとする度病室へ野次馬が押し掛ける。理由も分からないから困るより他無い。
そこへ、ムナカタと同じ服を着た青年が現れた。
「リーダー、やっぱり彼の血液からエボリュウ細胞は検出されません。」
「分かった。しかし…。」
野次馬が一杯。彦野町の悪夢がよぎる。
と、
「皆さん!彼は目を覚ましたばかりで大変疲れているようです!
彼に感謝しておられるなら、ここはゆっくり休ませてあげましょう!」
リーダーの演説が野次馬を追い払った。彦野町の思い出がよぎる。
「ダイゴ、あとは頼む。」
ダイゴ、というのか。この青年と目があうたびガルーダが臨戦体勢に入る。
彼が、オレと似た者なのか?しかし何処が。

「ゴメンね、起きたばっかりのトコを色々協力してもらっちゃって。」
「それは良いんですけど、オレに感謝ってどういう事ですか?」
別に記憶喪失ってわけじゃない。自分の住所も覚えている。
東京都騨丈州楊斥郡租董の幸村長屋だ。そんな住所無いと言われても仕方ないじゃないか。
ただ、眠っている間に何があったのかを知りたい。
ダイゴは最初から説明してくれた。

まず自分、つまりトキツグは半年前、キリエル人が地獄門を開いた夜、メトロポリスの路上に倒れているのを発見された。
その後しばらく昏睡状態だったが、連続失踪事件発生時突如覚醒、深夜吸血鬼に襲われた女性を救出した。
吸血鬼がその守護神ごと壊滅すると、いつの間にか病室へ戻り、再び昏睡に入ったという。
その後もバイオコンピュータにジャックされたアートデッセイ号の攻撃でメトロポリスが危機に陥った際覚醒、
神の御言の如くよく通り尚且つ覇気のある言葉と迅速な行動でいち早く住民を避難させたらしい。
「そして、ギジェラ事件。」
人間を陶酔させ堕落させる魔草ギジェラ。
しかしトキツグはその力に惑わされず、はびこるギジェラを片っ端から焼き続けた。あまりに数が多く、本体も別にいたため彼の独力での根絶はなしえなかったが。
朝を迎え、全ての花が枯れるのを見届けると、またもいつの間にか病室で眠っていた、との事だ。
そして今日、ついに目覚め、会話が叶った。
ダイゴの話を聞きながら、トキツグは身内のガルーダへ問う。
[眠ってたオレの体を、お前が動かしてたって事か?]
《ああ。君自身は時空を超えた際に深く傷ついてしまっていた。
君に眠っていてもらい、その間私の力で傷を癒していた。
治癒だけならそう時間はかからないだろうと踏んでいたのだが…。》
この街に住むニンゲン達を見捨てる事はできなかった。
だから傷つき眠るトキツグの体を酷使させていた。
だから治癒が遅れた。
「あの、皆さんに説明しといてくれませんか?」
「ん?」
「オレ、本当にそんな事した覚えがないんです。
…てゆーか、オレ昔からドジばっかやってたから、誰かを助ける事なんてできなかったのに…だから…」
トキツグは、一旦自分の言わんとする事を整理する。
「オレは、オレの意思でその人達を助けたわけじゃないと思うんです。
だから、ホントの英雄はオレじゃなく、皆を助けるためにオレを操った『誰か』になるんじゃないかな…。
だから、オレなんか皆を助けた英雄じゃないって伝えてほしいんです。」
「ヒーローかどうかなんて、見る人が決めるものだと思うんだ。」ダイゴはそう言う。
「自分が人間を導くヒーローになろうと考えるヤツは、あんまり良い末路を迎えないってゆーのかな。」
自分達を天使と自称し、人々の「光」に否定された者がいる。
ウルトラの「力」に飲み込まれ、自滅した者がいる。
「この街の人達にとって、君が操られていたかどうかは関係ない。
『君に助けてもらった』
それが重要なんじゃないかな。」
黙り込むトキツグ。
ダイゴは言葉を続ける。
「ね、君は何が大事だ?」
直後、ムナカタというダイゴの上司らしい男が彼に帰還を促した。
ついでに三日以内にてぃーぴーしーの医務局で精密検査を受ける事を約束させられてしまった。

本部へ帰るというダイゴとムナカタを見送り、トキツグは一つ息を吐く。
「…ダイゴさんだって、ウルトラマンやってるわけじゃない。」
しかし、彼の一言が胸につかえている。
自分の大事なものは何だろうか?
そこへもう一人、妙な男が現れた。
ガッツが訪れたどさくさに紛れ病院に侵入し、さらにちょい非合法のアポ無し単独取材だという。
男の名を、小野田といった。

ダイゴとムナカタは本部に戻った。
戻ったら皆忙しそうだ。どうしたのかな。
「リーダー、これ見たってください。」
ホリイが出した3つの画像データ。
一つは事件の核、エボリュウ細胞。
もう一つは数分前からメトロポリス上空に発生した空間の歪曲。
最後の一つは…水素に似た地球外物質で構成された膜。
「これは、ガギ!?」
ガギ。地球人の子供を自らの幼虫の餌とし繁殖を目論んだ宇宙怪獣。
ダイゴの問いに頷くホリイ。
「恐らく、宇宙で大量のエボリュウ細胞と接触したガギは、コレと共生する事を思いついたんちゃうかと。
自分の体にエボリュウを寄生させ、電気エネルギーを吸収してこれを糧にする。
一方、自分はエボリュウ使て能力を向上させ、実力行使で繁殖する。
そこでオレらや。地球人やったら電気も作るし幼虫の餌にもなる。
エボリュウにもガギにも格好の餌ゆーわけやな。」
メトロポリス上空の異空間は、刻々と拡がっている。
恐らく、ガギが自分とエボリュウ細胞が各々蓄えている大量の電気エネルギーを放射、空間に強い電荷を与えて形成した、一種のワームホールであろう。
その中にさらにバリアを張って、ガギが息を潜めている。
両腕の鞭を振るうまでもない。少し待てば異空間と共に拡張した巣は地面に接触する。それからゆっくり地球人を狩れば良い。
しかも、自分は二重のシールドで守られているのだ。敵の攻撃など気にする必要もない。
「ホリイ隊員、対策は?」
イルマの問い つうか催促に応じるホリイ。
「この…バリアも僅かに性質が変わってます。液体窒素弾での破壊は不可能です。
ただ、温度差攻撃…ウィングEX-Jのハイパーコールドビーム、ハイパーメルトガンによる連携攻撃なら破壊できます。」
問題は、シールドのシールドとして巣の周囲に展開している亜空間バリアをどう突破するか…。
「あの、小野田さんにとって大事なものって何ですか?」
自分でも唐突な問いだと思ったが、誰かに聞きたくて仕方なかった。
先刻のダイゴの問いが、耳に、心に残って離れないのだ。
確かに自分はこの世界の人々を助けたが、それは自分の意志ではない。
結果論として自分は英雄だが、それは経緯を見れば
「自分が守りたいものを守った」
事にはならないのでは?
自分にも守りたいものはあるが、守れなかったものもある。
「いくらオレが沢山の人を助けられたからって、それでスガ教官が帰ってくるわけじゃない…」
黙っていた小野田が漸く口を開いた。
「死んだ人は帰っちゃこないさ。
だからね、その人の死をいつまでも悲しんでちゃダメだ。
勿論、忘れろって事じゃないさ。
その人の死を『悔やむ』のと『背負う』のではだいぶ違うからね。」
言って、一人の後輩の顔が浮かんだ。
「僕もね、若いコを死なせちゃった。
でも、今もこうやって四六時中ネタを探してますよ。
あのコの気持ちに応えたいからね。」
そういう事か、とトキツグは思った。
自分の弱さ、それはスガの死と己の非力を悔やみ、変えられぬ過去を見ていたがゆえ。
ならば、スガの死を背負い、変えられる未来を見れば良い。

作戦が決定した。
アートデッセイ号のデラック砲へマキシマ・オーバードライブを接続し発射する「マキシマ砲」で、空間に多量の陽子と反陽子を発生させる。
これにより異空間を維持する電荷を押さえ込み、バリアに覆われたガギの巣を露出させる。
このバリアをガッツウィングEX-Jの攻撃で破壊し、
アートデッセイの火力でガギをエボリュウ細胞ごと殲滅する。
しかし、大きな発電能力と質量を持つ物体がガギへ接近すると、エボリュウ細胞を活性化させる恐れがある。アートデッセイ号は余り近寄れない。
一撃必殺が要求される。故にアートデッセイの射手はシンジョウだ。
メトロポリス上空は、間もなく戦場と化す。

作戦開始前に社へ避難した小野田を見送ったトキツグ。
「…ガルーダ、戦おう!」
《待ちたまえ!君の体はまだ治っていない。今力を使えば君が帰れなくなるどころか、命すら危うい!》
「ガルーダ、お前が守れなかったもの、お前が守りたいものは何だ?」
守れなかったもの。先代のリュウラ、カンナとミウの母。スガ。他にも神々の正義を信じ奪ってきた、大勢のニンゲンの命。
では守りたいものは…?
《分かったトキツグ。行こう、今を生きるニンゲンを守るため!》
トキツグの右手へ集約した光が、鏡を備えた短剣へ変化する。
「君が宿主、ロクドウトキツグの名において命ずる。
翼、雷、和合すべし。…出でよ、カルラ!」
言霊をつむぎ終えると同時に彼の体は光の稲妻へ包まれ、光の鳥神の姿を成し、ガギの巣へ突入する。
鳥神は黒き戦神 ウルトラマンカルラとなってガギの前に立ちふさがった。

「リーダー、緊急事態です!」
アートデッセイのムナカタに、ヤズミから連絡が入った。
「ガギのバリア内部にもう一体の巨大生物を確認。激しく争っているようです。」
ホリイの分析でも、二匹目の正体は分からない。もしティガだとすれば、不用意な攻撃はまずい。
「僕が見てきます。」
ダイゴの通信、同時にアートデッセイに艦載されているスノーホワイトが発進した。
スノーホワイトにもマキシマが搭載されている。それを稼動させれば確かに異空間へのシールドにはなるが…
「五分したら戻ります。それから攻撃してください!」
ムナカタの制止も聞かず、勝手に突入していってしまった…。

ガギは強敵だった。
ウルトラマンは素体が人間であるため、一定以上の神力を使えば自己崩壊してしまう。
その上、トキツグの体は弱っている。力の半分を治癒に回し、残り半分の力で戦っている。
しかもガルーダ自身、それほどデリケートな力の配分に慣れていない。
実際は通常の三分の一程度の力しか発揮できていない。
せめて技があればある程度カバーも出来ようが、トキツグは力に任せた強引な戦闘が身上だ。
力を出せず技もないでは如何に神の力を持とうと不利。

そんな二体の間に割って入った白い影。
ダイゴの乗るスノーホワイトだ。
トキツグは驚いた。
この戦場は、時空の歪みと怪獣が形成した壁、二重の防壁で守られているのだ。
鬼道機関を持たないであろうこちらの軍人がどうやって?
実際のダイゴは、ガギのバリアを自分にしか使えない「ある力」で越えてきた。そしてその力は、眼前にいる黒いウルトラマンの正体も見抜いた。
「…トキツグくん!?やっぱり…。」
見抜かれた事に驚くカルラ=トキツグ。
ダイゴは着陸したスノーホワイトから降り、懐よりスパークレンスを振り抜く。

輝きに包まれるダイゴ。そして、変身した。光の巨人、ウルトラマンティガへ!

「ダイゴさん!?」
さらに驚くカルラ。
ティガは1965年で遭遇した巨人を思い出し、額の水晶体よりエネルギーを照射、カルラの力を回復させる。
数年後、熱き後輩を復活させるため使用する事になる「クリスタルパワー」である。
完全回復には少しの時間を要するため、ティガはカルラを下がらせ自分が前に出る。

右拳を胸に、左手刀を敵に向ける。
ウルトラマンティガ、戦闘開始の合図だ。

ガギは頭角より破壊光線を連続発射。これをティガの連続側転が軽く回避する。
とはいえ、ガギもこれまでの二体とは違う。
今度は稲妻状の光線を一気に五方向へ同時発射。これはかわせない。
ティガのボディが紫へ染まる。跳躍から滞空、空間を自在に動き廻り、無数の稲妻光線を全て回避した。
スカイタイプの機動力と加速能力には、この程度の攻撃、ものの数ではない。
一撃で粉砕しなければ、とガギは考えたのであろう。稲妻光線を再度頭角へ集中させ、極太の破壊光線を繰り出す。
しかし、それもまた届かなかった。
ティガは開いた両手にエネルギーを帯電、抜刀するが如く左腰より投擲する。
スカイタイプの必殺技「ランバルト光弾」だ。
光弾はガギの極太稲妻を軽く押し返し、そのまま角を叩き折る。
好機と見た。カルラは再び立ち上がり、ガギの首を挟み込み何度となく殴打する。
マルチタイプへ戻り、ティガも地上へ降りた。
カルラの荒削りながらパワフルな猛撃に圧倒されるガギ。さらに、思い切り投げ飛ばされる。
そこにはティガが待っていた。全力疾走から跳躍し、右手を光刃として斬り込む。
「スラップショット」が決まった。
全身がショートし始めるガギを、ティガとカルラのダブルキックが撥ね飛ばす。
今だ!
カルラは光の長槍を現出させ、頭上で回転させて力を蓄積。
ウィングインパクト。
投げられた光の槍は、空中で翼を開き、鳥の姿となって敵に突き刺さる。

ティガは両手間にエネルギーを展開させ、光を蓄積する。
ゼペリオン光線。
両腕をL字に組み光の力を解放、あらゆる敵を打ち貫く。

同時に放たれた二人の必殺技は、ガギをその疑似空間ごと撃滅するに十分だった。

空間が歪み、時間が歪む。
《トキツグ!あの歪みに入れば、帰れるかも知れない。》
ガルーダの声が聞こえる。
カルラは、トキツグは、眼前の巨人 ウルトラマンティガを振り返る。
「帰るべき、だと思う。」
ダイゴの声が聞こえた。
「守るべきものは、君にもきっとあるハズだから。」
重さのある言葉だった。仲間たちの笑顔、なぜ忘れていたのだろう。
カルラは時空の歪みへ飛び込んだ。
「あの、ダイゴさん!また、会えると思いますか?」
美しい光の巨人は、強く強く頷いた。

「こちらダイゴ。脱出しました!」
アートデッセイのデッキからも、こちらへ真っ直ぐ飛んでくるスノーホワイトが見えた。
「よしダイゴ、そのままでは攻撃に巻き込まれる。機体角度を変えろ。シンジョウ、撃て!」
「了解!マキシマ砲発射あ!」
マキシマ砲は、時空の歪みを消滅させた。
が、ガギの巣は既に壊滅した後だった。
GUTS、今回は後手に回ったようだ。

作戦終了、避難命令解除の報を受け、小野田はまたトキツグの病室へ向かう。
トキツグは、消えていた。
「帰っちゃったのかなぁ…、自分の星に。」
「しかしさ、結局何でムザン星人はエボリュウに感染してたんだよ。」
シンジョウはそればかり気になっている。
「ムザン星人の細胞をもっぺん調べたんやけどな、エノメナの電磁波覚えとるやろ。
ほんまに微弱やけどアレと同じ反応が出た。」
「凶暴化し、暴力を誇る事を至上の栄光とする文明なのかも知れないわね。」
イルマがコーヒーを持ちながら言う。
「それで…ガギと同様に自らエボリュウに感染したって事でしょうか。」
ヤズミが不安げに問う。
「恐らくは同時期、同じ宙域でな。」
ムナカタが珍しく想像だけでものを言う。
ちなみに、ムザン星で採掘されるある種の鉱物は、エノメナと同じく生物を凶暴化する電磁波を帯びている。
数年後、ファビラス星人がこれを手にし地球で暴走する事になるが、それは別の話ぱむ。
ダイゴは、ここ数日レナが無口である事が気になっているのだが、
今日は彼女よりも、時空を飛び越えたであろうトキツグが気になっていた。

彼は帰れたであろうか。自分は、また彼の様に純粋な魂を持つ子供たちに出会えるだろうか。

南太平洋上に遺跡が浮上したのは、それからわずか30時間後の事だ。

トキツグについては、リュウラ47章へ続く
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第四十七章 一名様お帰りです。 破位暴神仙スサノオ 汎用邪花レンザトハンビ発現

「ミウ、神山ってドコにあるの?」
「…は?」
 姉の唐突な発言はいつものこととしても、これは聞き逃せなかった。
「行ってみたい。そこがわたしの故郷なら。」
 確かに、姉の謎がまだ一つ残っていた。
光の一族からも邪仙からも神々からも恐怖される「カンナ自身の力」とは何なのか。それが分からない。
ならば神山に行くのも悪くはない。ないが…。

《なぜ只人の側へついたのじゃー!!》
 神でない者を徹底して卑下する一人の神。語尾に「じゃ」とか付けたら迫力が出ると思っている。
コイツが神山の頂にある廟で、集った光の一族を怒鳴りつけている。声を大きくすれば迫力が出ると思っている。
それを一人の女神が止めた。高天原で一、二を争う実権の持ち主、セイオウボだ。
《老師よ。スサノオの糧を断たねば高天原もうぬらも消える。分かっていよう?》
 スサノオは地球との強い「縁」(エニシ)を持つ神である。故に人間を喰らえば力は増す。
また、その強すぎる力と粗暴な性質は高天原で嫌われ。迫害され続けた。
つまり、人類を喰らい力を強めたスサノオに、憎悪と共に高天原へ殴りこまれればどうしようもない。
だから、自分達で人類を滅ぼし、糧を断とうと考えた。故の破壊であった。
 セイオウボの問いに、黒濠老師が顔を上げる。
「重々承知いたしております。なれど、我々も戦ってみたくなったのでございます。
 皆様の力ではなく、我々の意志、我々の力で己がし得る限界に挑んでみとうなったのでございます。」
 決意表明はしたものの、立場の悪さに変わりはない。それは、軍も同様だった。

「基地を落とされて勝算があろうか?」
「もっと骨のある国だと思っていたが…」
南蛮、欧米、西欧諸国軍の大使らが一斉に来日、基地を落とされた不甲斐ない日本の軍へイヤミを言いに、もとい今後の展望を論議しに来たのだ。
ワタリベ幕官は、立腹を必死に隠した。
確かに、国力でも軍事力でも日本は諸国を圧倒している。だから、これまで邪仙や神々との戦いが全て日本任せになっていたのも分かる。
しかし、それなら文句言われる筋合いもないだろう。
これまで一切の援助をしてこなかった上に一つの失敗を槍玉にあげ声を荒げやがって…。
「と、考えてるなら軍人としちゃ未熟だよ、ワタリベさん。」
いつの間に背後にいらしたのですかツルギヤマ将軍。
「そもそも軍人は民のために無償で戦う物好きの集まりさね。
いっくら見返りをもらえなくたって文句を言われたって、それであっしらが怒っちゃいけない。」
ただね、とツルギヤマは腰掛ける。彼の杖が仕込み刀であることは、ワタリベ幕官しか知らない。
「今、東京港にスサノオがおねんねしてる。あれだけ何とかしないとどーしょもないわけだ。そこでですな…」
大使ら一人ずつに書簡を渡す。
「量産型の鬼道機関、その設計図だ。出力はあっしら日本や東洋軍の使ってるヤツよか弱いが、
まあ数作って術者集めりゃ何とかなりましょうな。ソイツをどう使うか、おたくらに任せる。」
諸国の軍にも鬼道機関はある。但しそれらは日本基地が生産したものであり、
更に日本基地大使の監視下におかれていたため、諸国は製造法を知らない。
それをツルギヤマはおおっぴらに明かしたのだ。
「将軍!これでは諸国の軍事均衡が…」
「まあ見てなさいっての。」
ツルギヤマは悠々と議堂を出ていった。気楽にも驢車を拾ってレイテイへ戻る。
大使らは、会合の目的も忘れ我先にと帰っていった。
残されたワタリベ幕官は大きく息を吐く。
「将軍、私はまずスサノオを何とかしたいんですが…。」

「さっさとスサノオを何とかしろ!」
またこの苦情か。読み飽きた。
眠っているスサノオ。壊滅した基地。民が不安になるのも当然だ。
ただし不安なのは自分達も同様なので、民の苦情を聞くとなおの事焦る。
いっそ酒に走ろうかと思ってしまうユリノである。

「ウルトラマンになりたい、とか思っちまうよなあ。」
 ワタリベが妻に買わされた人数分の饅頭を持って現れた。
「マミヤは何で龍と会ったの?」
返答に躊躇する。リュウラの正体がばれるのは別に良い。ラセツに至っては以前レイハの眼前で転化した事もあったので、そもそも隠す意志がなかった。
ただ、カンナの秘密だけは胸にしまっておきたい。

カンナに何らかの巨大な力が眠っていることは皆にばれた。しかし、具体的にどんな力なのか。それは隠すべきではないかと思った。
だから、返答の代わりに「質問の意図」を逆に問うてみた。
「なぜそれを聞く?」
「いやな…、ウルトラマンは『神と人間の複合体』なんだろ?だったらオレらも地球の土地神と協力すりゃウルトラマンになれんじゃねーかと思ってさ。」
ヒスイは少し笑んだ。仲間達の戦意は全く衰えていない。ただ、そんな事は出来ない。

神と人間の意志が完全に合致していなければそもそも融合ができず、従ってウルトラマンにはなれない。
龍自身当初は人間の事など考えず、ただ強い「縁」を感じたカンナを守るのが目的であった。その意志と自分、マミヤヒスイの意志が合致したからこそ融合に成功したわけで。
まあ融合後は割と好き勝手に力を使わせてもらっているが、未だ龍の口から人間に対しての好意的な言葉を聞いた事がない。
だから、人間と目的を同じくする物好きな神がいなければウルトラマンは生まれない。
人間の一存だけではウルトラマンは生まれないのだ。
苦しい時でも神に頼めない。
そんな事を伝えたらワタリベは心底残念そうに項垂れた。

項垂れたがすぐに奮い立った。ユリノの声だ。
「大宰、小宰、急ぎ操舵室へ。スサノオが動き出しました!」
北川町にも匹敵する巨大な夕日に照らされ、東京港は橙に染まっていた。そこに陣取る異形のサナギも含めて。
サナギは、容易く内側から割れ始める。糸を引き、無数の体毛に包まれたやはり異形のものが顔を出す。
―我々が目にする昆虫のそれと酷似しているのが興味深かった。−
異形のものは、ほぼ水没した状態で暫く体を丸め、霧散してゆくサナギの外殻を吸収していた。
そして、覚醒した。

海面より、顔の上半分のみが露出した。狂気に満ちた二つの目は赤い。それは夕日に照らされたからばかりではあるまい。
耳の僅かに上から二本の角が湾曲して生えている。牛に似ていた。別称の由来か?
紅眼で陸地を凝視しながら前進を始めた。顔の下半分、手足、胴体、全て海中に隠したまま。

「治安維持院に通達!民には奴の眼を絶対に見せないよう!」
ゴジョウは、奴の眼が人を狂わせる事を見抜いていた。そして機翼に呪的シールドを施した状態で出陣させる。
但しスサノオの能力が不明瞭なので、ゴジョウの他にヘキ、万一に備えてミウがレイテイに残った。
「こちらフナト、現地到着。スサノオの頭部視認。攻撃開始します。」
レイカイオウ下部より装甲貫通兵器「飛宙槍」が射られる。しかし、槍は空中で消失した。いや、
「小宰、右舷後方二時!」
フナトの乗るレイカイオウを槍が襲った。辛うじて避けるが、空中で軌道を変え、執拗にフナトを追う。スサノオに誘導されているのだ。逃げられない…。
「ミウツシノヤイバ、起動します。」
カンナの乗るレイキザンが放った切断技で、何とか槍を撃墜した。
ヒスイはレイヒュウゴより光線砲を撃ち込むが、それもまた着弾前に消失、気がつくと周囲の漁船を焼いていた。
釣瓶を落とすように急速に日が落ちる。その時、レイヒュウゴ、レイキザン、レイカイオウの背後より二十を超える機翼が現れた。関西省支部 弐條城より発進した支援部隊である。

だが、それも気休めであった。続いては機翼自体が消失し、港周辺の建築物を突き破り、大地へ突き刺さり、大破する。
「空間転移…?いや、空間歪曲か!」
ヘキがその能力を解析した。敵は周囲の空間を自在に連結させられる。機翼が飛行している空間と地面すれすれの空間を繋げ、飛行する速度のまま地面と衝突させているのだ。
「手さえ触れず…僕達を自滅させる力を持っている…。全機翼、急ぎ結界を!ソイツに物理攻撃は意味を成さない!」
敵の邪眼と空間歪曲、二つを防ぐため鬼道機関をフル稼働させる。これではろくな攻撃が出来ない。
スサノオは、攻撃の手が休まった事を確認するや全身を海上に現した。
鎧のようなものは殆ど確認できない。血膿色に染まった体毛、恐ろしく精悍な胴体と手足は憎悪を隠しきれず、常に痙攣している。
牛に似た顔にはむき出しの牙。

西洋では迷宮の奥に半人半牛の妖が閉じ込められていると言うが、眼前で咆哮する邪神はそんな呑気なオバケとは格が違う。同じ土俵で語ることさえ憚られる。
これがスサノオ。高天原を恐怖させ、八岐大蛇を下した、神話最強の、最凶の暴神。

暴神の咆哮は続く。ふと見ると、レイカイオウの鬼道機関が稼動を停止させている。
これもまた、奴の力か。
≪…ム、ラァ、ク、モォッ!≫
スサノオの声が響いた。同時に右腕が隆起し、長大なカギヅメが現れた。
レイカイオウを、その剣の錆にする気か!?
しかし、その動きが突然止まった。
先刻とは全く異なる叫び声をあげ始めた。気弱な青年があげるような、悲しい声。
一頻り泣き終えると、スサノオは何処かへ姿を消した。

スサノオの復活は、神山でも感知していた。
「頼む、我々の誇りが云々など言ってはいられないのだ。スサノオが覚醒した。放ってはおけんだろう。只人やウルトラマンに手を貸そうではないか!」
黒濠老師の言葉にも大多数の者は耳を貸さなかった。
「俺達は俺達のやり方でやる。老師、アンタが余計なことをしなければ高天原から睨まれる事もなかったんだ!」
若い術師たちから一斉に冷遇され始めた。
かつて、龍神の巫女 ミヤビは、只人に慈悲をかけ、故に死んだ。
そんな慈悲は余計なことだと思っていたが、いざ事態が思わしくなくなった時、自分もまた只人へ余計な慈悲をかけた。
そんな事を、山の頂で廟と隣り合う湖を眺めながら思った。

「完敗ですわ。」
戻るやフナトがそんな事を言う。どうすればいい?スサノオは余りにも強かった。勝てる手段は…
「…ウルトラマンになりてえな。」
ワタリベがまた口走る。確かにウルトラマンの力なら勝てるかもしれない。
だが、それは苦しいときの神頼みなわけで、それは自分達の力、ひいては誇りの否定である。
「だから、ウルトラマンの存在を前提に策を練りたくないのよ。」
ゴジョウがそう口走る。いわば大将である自分が、わざわざ部下達の誇りを踏みつける訳にはいかないから。
しかし、ウルトラマンの力を使わずにスサノオに勝てようか?

「だったら、ウルトラマン自身が好きに戦えばいいんじゃ?」
ミウがそう言う。
「あたしは神の力を自分の物だと思って好きにやってきた。この…鬼だって文句言わなかった。あたしは勝手に戦う。あたしだから。」
 それでいい。とゴジョウが笑む。神に仕える民族としては難があるが、人としてはそちらの方が理想的だ、と。
 その時、スサノオが再び姿を現した。走り出すミウ。それを、カンナが止めた。
「…基地が陥落してから、ミウといっしょの所で寝起きして、思ったことがあるんだ。」
 真摯な眼光がミウに突き刺さる。カンナは続ける。
「ミウ、お肉ばっか食べすぎ。」
あ゛?
「血圧が高くなって高血圧になっちゃうよ。」
うん、重複してるな。
「血圧が高くなって高血圧になっちゃうよ。」
二回言わんでもええやん。
「…分かった。野菜も食べる。」
「よし。行け。」
命令形?
思い切り緊張感が失われた状況でミウは再度駆け出す。
「ヒスイくん、行け。」
 俺にもか。

 東京港より上陸しようとするスサノオ。その周囲には植物型邪仙トハンビが群れを成している。折角復活させたスサノオを倒させてなるものか、ということか。やはり邪仙は高い知性を持っているようだ。そして嫌な眺めだ。
《ミウ、勝ち目は薄い。》
 鬼神が、自分を心配している。珍しい。ミウは刀―バーニングヴァジュラを抱き、その神に問いかける。
「龍やガルーダは一神しかいないから分かりやすいけどさ、鬼って沢山いるじゃん。アンタ自身の名前は何て言うの?」
《…クミホ。》
 クミホ。ではこれからそう呼ぼう。なんて言っている間にヒスイも到着した。
「…マミヤさん、姉はどうすりゃいいんですかね?」
「難しいな、色々と。」
 妙に通じ合った。久々に。

「行くぞ。君が宿主 マミヤヒスイの名において命ずる。龍、明、和合すべし。」
「君が宿主 天龍水映姫の名において命ずる。鬼、炎、和合すべし!」
「「出でよ」」 「リュウラ!」「ラセツ!」
 光の水がヒスイを包み、光の炎がミウを焦がす。水から龍が産まれ、炎から鬼が覗く。
二神はウルトラマンリュウラ、ウルトラマンラセツとなってスサノオらの前に立ち塞がる。

 ラセツは光の剣 ハデスヴァジュラを引き抜いて、トハンビを片っ端から切り裂いていく。一方のリュウラは、スサノオと激突する。
シャイニングヴァイパーが放たれるが、スサノオは右腕から生えた必殺剣ムラクモでこれを受け止める。
効かないと見るや手から伸びたシャイニングヴァイパーを直ちに断ち切り、額からショットスパークルを繰り出し敵の目を狙う。卑怯?結構。
しかしスサノオの角が婉曲し、これも打ち払う。
リュウラが不利と見て、ラセツはトハンビの蝕腕をかいくぐりソードスパークルを発射した。思わぬ方向からの光刃はスサノオの足に突き刺さる。
血、というわけではないが、それらしいモノが流出する。
隙を見てリュウラの代わりにスサノオへ突撃するラセツ。
邪神の邪眼が邪悪に光る。以前フクギが使ったものと同じ精神干渉波だ。
だが、今のミウにそんなものは通じない。既に、母の死は受け入れているから。
怒りの剣が、スサノオの眉間に抉り込む。

「…倒れない?」
 ラセツは、ミウは驚愕した。足の傷も、眉間の断裂面も瞬時に回復したのだ。
再度リュウラが前に出る。今度はコウへ変身して。
背後より、スサノオの気を受けて蘇生したトハンビが迫る。
「粋がってんじゃねえ!」
 ラセツの光炎 ハデスフレアがこれを焼き尽くす。
《スサノオ、己が憎悪に侵され神言も失くしたか?哀れよな。》
《リュウ…ホロボス…!》
 スサノオは、最強の敵である龍を眼前に、闘志を燃やしていた。殆ど忘却の彼方に行った言葉も僅かに呼び戻し、精一杯に龍を挑発する。
リュウラは必殺のシャイニングボムを放ち、短期決着を図る。
現時点で高位闘神仙ラゴウと同等の力をこのスサノオは発揮している。シャイニングボムのみで砕けるとは思わない。

これに対し、スサノオも開いた両腕に力を展開させ、凝縮した「意の弾」を撃ち出す。
激突した二つの弾は、巨大な波動を周囲へ撒き散らしながら相殺した。
シャイニングボムに匹敵する威力。
続いてスサノオは、「意の弾」を続けて数十発発射、同時に、咆哮し全身から「力の波」を放射した。
 この圧倒的な集中砲火に、さすがのリュウラものけぞる。
…のけぞるだと?これまでコウの鎧は無敵を誇った。だが、この猛攻で発生した衝撃を全て吸収するには至らなかったということか…。手応えがある。
二発目の「力の波」が咆哮と共に打ち出されるが、全身に龍型の光を纏わせる防御技 ドラゴンフィールドでこれをやり過ごし、力の余波を吸収して最強奥義 ドラゴンインパクトを放った。
龍型の光がスサノオに飛びかかる。標的は咆哮と共に「力の波」を放射して迎撃するが、勢いは止められず、炸裂する。膨大な光量がスサノオを包む。

 光が消えた時、スサノオは、生きていた。
全身に深い傷を負いながらも、辛うじて耐えたのだ。
「力の波」がドラゴンインパクトを弱めたのか、即座に治癒したのか、若しくはその両方か。
 邪神はまたも咆哮、襤褸切れのようになった姿で尚もリュウラとラセツに飛びかかる。この闘志、何処から…。
刹那、空が割れた。亀裂から、光に包まれた巨鳥が姿を見せる。
鳥はスサノオの周囲を舞い、これを撹乱する。
滞空した鳥は、全方位に稲妻を撒き散らしながら自分を守るように翼を交差する。一際大きな稲光。直後、鳥の姿は変わっていた。

罪と後悔に満ちた黒き体躯、その闇を貫く赤は、贖罪と正義の意志を示しているのか。巨人は、東京港に降り立つ。
「トキツグ!」
 ウルトラマンカルラ、再臨。

 カルラは左拳を真正面に突き出す。半年前と変らぬ戦闘体勢だ、と思われたが、更にポーズは変る。
突き出した左拳を頭上に回し、一旦右手と交差する。下ろした左拳を胸に置き、右手刀を敵に向ける。
かの光の巨人から学んだのは、魂だけではなかった。
スサノオはしつこく咆哮し、カルラをムラクモで刺殺せんとする。
だが、カルラの方が速かった。全力疾走から跳躍し、右手を光刃として斬りつける。
かの巨人より学んだ新技「翼光圏 セントラルスラップ」だ。
ドラゴンインパクトの傷も癒えないまま受けた一撃に倒れこむスサノオ。
着地と共にカルラは両腕を前方で交差。左右に拡げ、体の前面に光槍を現出する。右手一本で槍を回転させて力を増幅し、強化されたウィングインパクトを投げつける!
直撃し、思わず絶叫するスサノオ。
リュウラ、ラセツ、カルラの三人は、再び同時にファイティングポーズをとった。

四十八章へ続く。
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終章 「御霊伝」(ミタマヅタエ)


 高天原の神々は、その戦いの行方を人間以上に戦々恐々として眺めていた。
リュウラ、ラセツとスサノオの戦い。
リュウラ達が勝てば、自分たちは最強の神である龍、そして未知の存在であるカンナにまたも怯える事となる。
スサノオが勝てば、奴はニンゲン総てを食らい尽くして力を増し、かつて放逐された憎悪をもって高天原を蹂躙する。
だから、何処かの世界よりウルトラマンカルラが帰還した瞬間、神々には失望が広がった。
その失望は存外いい線いっていた。
カルラは帰還、光の槍が鳥神を模して敵を貫く彼の必殺技ウィングインパクト、
そして、かの光の巨人から学んだ新技、光の手刀セントラルスラップ。
連携攻撃に傷ついたスサノオへ、ラセツが必殺の光炎、ハデスフレアを浴びせる。
好機と見てリュウラは宙へ舞い上がり、龍神の影に騎乗して光の刀を振るう大技、ドラゴンシャイニングウ゛ァイパーを繰り出した。
今度こそ倒れるか、と思われたが、スサノオはまたもや何処かへ逃走する。

「どうすれば良い、どうすればスサノオも龍もカンナも滅せるのだ!」
 高天原。セイオウボの美貌が焦りに歪む。最高の権力を持つ女神でさえ、スサノオが、龍が、カンナが恐ろしいのだ。
だが、彼女に隣り合う女神、スサノオの姉であるアマテラスは、それどころでなかった。
高天原へ、巨大な暗闇が接近しはじめたのだ。

母艦レイテイは、カルラ=トキツグの帰還を祝うムードではなかった。スサノオの攻撃で、関西省支部の機翼に搭乗していた数名の什長が殉職したのだ。
《ミウ、ニンゲンは他者の死を悼むな。何ゆえに?》
 ラセツ=ミウへ、彼女に力を与えている鬼神=クミホが問う。
「何で…だろね。仲良かったヤツがいなくて寂しいからかな」
考えた事がなかったかも知れない。母を亡くしているというのに。

その頃、神々に仕える光の一族が住まう神山。黒濠老師は、辛うじて自分の言に従ってくれた数名の術師と共に、法陣へ僅かな水滴を封じ込めていた。
その水滴が持つ、強大な力を恐れて。そして、その水滴を下界の、只人の仲間へ届けるために。

「寝られねぇや、こんちくしょー」
一人夜番をしていたヒスイの前に、ワタリベが現れた。
「俺もだ。むしろ、寝たくないのかもな。」
苦笑を浮かべるヒスイ。ややあって気付いた。自分が他人に愛想を向ける…焦っている。
「な、スサノオの奴、何で逃げんだろーな。」
ワタリベの言葉が全てだった。スサノオはリュウラである自分をも圧倒した。それでなぜ逃げる?
ウルトラマンが三人結集したから不利と踏んだか?いや、ならば前に我々レイハの攻撃から逃げた理由が分からない。
「カンナちゃんは何て言ってんだ?」
「ワタリベ…彼女は、少なくとも自我は人間だ。中に龍がいる俺など気楽なもの。」
ワタリベを諌めるヒスイ。カンナは、人間のままで巨大な力を持ってしまったから苦しんでいるのだ。

眠るカンナ。ミウと長く交流しているせいだろうか、幼い妹だったミウと、先代のリュウラとして死んだ母の姿が夢に浮かぶ。
母は幼い自分と妹に、奇妙な詩を教えているようだ。

無中龍明和合、開為大道

目覚めるカンナ。先刻の夢の詩を、紙へ書き付ける。そして気付いた。
「龍、明、和合…?これって、ヒスイくんの…」
ヒスイがリュウラへ転化する際に放つ言霊
「君が宿主マミヤヒスイの名において命ずる。龍、明、和合すべし」
 と共通点がある。龍は母から託され、ヒスイへ託した最強の神、龍神。では、明とは?
ウルトラマンは光を武器へ精製し操る。その「光」の事だと思っていたが。他に意味があるのか?
悩むカンナへ、西より啓示があった。春日山に潜む神、白虎だ。

《天龍神無姫、緊急事態だ。高天原が…下った。》
「下った…?全宇宙を統括する高天原がですか?一体誰に?」
《邪仙の統治者…虚ろの者にだ。》

白虎は言う。邪仙は宇宙開闢から間もなく冥府最下層に幽閉された存在…完全なる生命。虚ろの者はこれを解放し、カンナを抹殺するため地球へ送ったのだと。
「完全な命って…どういう?」
《奴らは怨念を食らう。誰かが得をすれば誰かが損をする。ニンゲンのみではなかろう。
 命ある者は、総じて嫉妬、怨念を蓄積してゆく。怨念を糧にすれば、まず飢えぬ。》

しかし、その完全な命を封じたのは誰なのだろう?と考えている暇も無かった。カンナは感じた。虚ろの者が、地球へも接近している。
無論、龍もそれを感じていた。
「新手か?スサノオに手こずっている間に、という事か…。龍、行くか」
 意気込むヒスイだが、龍はアクア・アイを召還させようとはしない。
《マミヤヒスイ…アレに勝ち得る確証は、無い》
好戦的で自信家の龍が、たじろいでいる。
「どういう事だ?龍よ、地球へ何が迫っている!」
「無、です。」
いつの間にかカンナが現れた。
無。虚ろの者の本質。実体も意思も、本能も無い。つまり力も無い。
しかし、無こそが奴の力なのだ。実体が無いから、どのような攻撃も奴には通じない。そして、ただひたすらに全てを飲み込み、侵食し、無に帰す。
《存在する敵は倒し得る。だが、奴は存在せぬ。倒しようがない。》
 龍が弱音を吐く。
カンナも、ただ無=ムの気配を感じ、宇宙を見上げる他無い。
《気に食わんな!龍よ、貴様はその程度か?》
 龍、ヒスイ、カンナへ白虎の声が響いた。
《ニンゲンは仲間をもって勝利を得る。そなたが身をもって我らに伝えた事であろう?》
 白虎の怒声に続き、玄武の優しい声が聞こえる。
《先ずはニンゲンが挑む、でしょう?》
朱雀の凛とした声が通る。二人は士気を取り戻し、レイハの司馬らを全員呼び出した。

ヘキの解析が開始された。
「確かに、地球へ接近している暗闇には一切の意思、また質量も持っていません。これは…何だ?」
 ユリノが陣を組み、ムの意志にアクセスしようとして、撥ね飛ばされた。
「く…絶対手の内は見せないって事ね…」
 ワタリベと小宰のフナトが、モニター上の暗闇を見る。
「何も無い敵じゃ倒しようがねぇもんな。これで高天原の神々も降伏したわけだ。
 …どうします?小宰」
「神様が倒せない敵を倒す策…組み立て甲斐があるんじゃない?時間はいただくけど」
大宰のゴジョウが、外気圏攻撃用の大型飛宙槍の発射を命じる。だが、槍は闇へ吸収され、そのまま消滅した。敵に侵食され、飲み込まれたのだ。
「…これが地球へ来たら、中々ヤバいわね。」

ゴジョウの微笑みを嘲笑うかの様に、ムは東京港へ一気に突撃。しかし、瞬時に暗闇の姿を消す。
続いて水面へ浮上したのは、スサノオ。それも、体全体を沸き上がる暗闇に包んでいる。
ヘキが素っ頓狂な声を上げる。
「大宰!暗闇は…ムは、スサノオに宿った模様です!」
スサノオの振り上げた拳は闇を沸き上げ、周囲の建造物を破壊した上に侵食する。破壊と自分に有利な戦闘フィールドの展開を兼ねているのだ。
トキツグが一歩前に出る。既に手には、転身聖具が握られている。
「ガルーダ。オレたち、二回も死を覚悟したよな?なら、これが三回目だ!」
《私は四度目だ。》
自分の中の鳥神ガルーダの冷静な主張に若干頬を緩めながら、トキツグは印を切って言霊を紡ごうとするが…
「んだから冷静になれっつってんの。」
 ミウのキツい物言いが突き刺さる。
「接近したら侵食されるだけだし、とりあえず遠距離からの攻撃で時間稼いでいこうよ。」
ならば牽制は頼む。ムへの攻撃は任せてくれ。と、自信満々にツルギヤマ将軍が現れた。
「諸国の軍には量産型鬼道機関を造らせてますんで、ウルトラマンさん達が足止めしてくれればスサノオを諸国から鬼道機関で攻撃して、ムを切り離せる。」
だが不安要素はある。諸国がうまく連携してくれるだろうか?

「人は、信じるに足る生き物です。だから、滅ぼされるわけにはいかない。」
 
 カンナの言葉が皆を奮い立たせる。無論、ヒスイも。レイヒュウゴ、レイカイオウに乗り込み、レイハの司馬らと三人のウルトラマンが、スサノオに向けて飛び立つ。

「やっぱ姉貴なんだね。カンナ。」
 機内でミウがそう口走る。ミウは内心驚いていた。再会した当初、カンナは七千年前の、旧歴の記憶も曖昧で、ヒスイへ龍を与えた自覚も無かった筈だ。
しかし、今眼前に在る鋭い刄のような女性、強かった母を彷彿とさせる女性。カンナは、明らかに成長していた。

目標地点へ到達。と、スサノオが拳を突き出す。レイヒュウゴには見向きもせず、ひたすらにカンナとヒスイが乗るレイカイオウだけを狙ってくる。
やはりムも、カンナを恐れているのか!

 スサノオの拳を辛うじてかわすものの、機体の呪的シールドが掻き消えた。ムの力で侵食され、消滅してしまったのだ。
やむを得ずレイカイオウは一旦着陸、ヒスイ、カンナ、ミウを降ろす。
スサノオはやはりカンナに興味を集中している。背後に、トキツグの転化したウルトラマンカルラが登場したにもかかわらず。カルラは敵の足止めを行うため、額からショットスパークルを発射。だが、光線はスサノオの体を捉える前に侵食され、消えてしまう。
カルラは全く眼中になく、ひたすらカンナを狙う。
「ヒスイくん、懐かしいですね。」
そう。ヒスイは一年前、邪仙の襲撃からカンナを庇って負傷し、その際龍を受け継いだ。
ひたすらにカンナを狙う敵といえば、トキツグではない先代のカルラという例もある。
その際は敵の猛攻に対応仕切れず、已む無くカンナへリュウラの正体を明かした。

そんなこんなと今回も同じパターンである。
「ヒスイくん、逃げても良いですよ。」
「逃げん。誓った。」

とうとう彼らは、行き止まりに出会した。
この危機に、ミウが転身聖具=炎の太刀バーニングウ゛ァジュラを引き抜く。そして、姉へ問う。
「カンナ、人を弔う意味って、考えた事はある?」
正直に、無いと応える。ただ、母が死んだ時は、悲しみよりも使命感が沸いた、と応えた。
理由も分からぬ使命感の重さに耐えられなかったと。
「使命感…か。それは多分、自分で実感するしかないのかもね。」
《カンナの守護に使命感を燃やしているのがいるが》
「ちょっと違うね」
 クミホの言葉に返して笑い、ミウは言霊を紡ぎはじめた。
「君が宿主、天龍水映姫の名において命ずる。鬼、炎、和合すべし!出でよラセツ!」

刀身より生じた光の炎は、ミウを包み、紅き剣神 ウルトラマンラセツへ転化させる。

「じゃあ、俺も戦ってくる。」
 ヒスイの手に、龍水玉アクア・アイが出現。
「カンナ、君は君の正体を知りたいか?怖いなら、最悪知らなくても…」
「知りたいです。怖いけど…、てゆうか、怖いからこそ知りたい。」
 ヒスイは改めて思った。カンナは美しいと。
そして、ヒスイの言霊も紡がれた。

光に包まれたヒスイは、光の龍の姿を成し、空で蒼きウルトラマンリュウラへ転化を完了する。
作戦通り、三人のウルトラマンからの光線波状攻撃が開始された。
スサノオ、いや、スサノオの姿を利用するムはどんな光線も吸収し、無効化してしまう。
さらに、吸収し蓄積した力を増幅し、三人へ投げ返す。リュウラは瞬時にコウへチェンジ、更に防御法陣ドラゴンフィールドを展開し、三人分の防御面を確保する。その間にラセツとカルラが光線で足止めを図る。
しかし、諸国の鬼道機関による支援はまだか。

「どうなっとるのかね!」
ワタリベの父、ワタリベ幕官の怒声が響く。
諸国全ての支部が鬼道機関発動を渋っているのだ。日本の事件だから日本で何とかしろと言う。
事なかれか…或いは折角開発した鬼道機関を下手に使用して軍事的な不利に立ちたくないのか。いずれにせよ、時間はあった。完成はしている筈なのだ。
だが…
「仕方ない。この船で行きましょ」
ツルギヤマ将軍が、レイテイを離陸させる。
「…あっしの処分は、少しまっとくれ」

《トキツグ!これ以上は無理だ!》
ガルーダの叫びも意味を為さない。カルラの攻撃も一切意味を為さず、逆にスサノオから一方的な攻撃を受ける。
ウルトラマン達は神威によって「存在する権利」を上昇させているため、侵食されて一気に消滅する事は無いが、確実にダメージは溜まる。
リュウラはまだもっているが、ラセツとカルラは満身創痍である。
「やめなさい!」
 激昂したカンナが、スサノオ=ムへ叫ぶ。
「お前が欲しいのはわたしのハズです!命ぐらい、譲ります。」
言って手を広げるカンナ。ムの侵食を受け入れるつもりだ。
 止めようとするカルラ、しかし体が動かない。
 突進するリュウラ、しかしスサノオが全身から放射する「力の波」に弾き飛ばされる。
スサノオの手から伸びた暗闇が、カンナを包む…と思われたが。
「行かせない」
 光剣ハデスウ゛ァジュラを抜いたラセツが立ち塞がる。
「母さんは死ぬ瞬間までカンナを信じた。だったらあたしも、信じてみたい」
ミウの意思は、ダイレクトに伝わってきた。

一方的に傷を増やすだけのラセツの戦い。と、スサノオの背後へ発射された光があった。レイテイだ。
「将軍!大宰!」
レイカイオウから、ヘキの嬉しそうな声が響く。だが、レイテイの最終兵器、コウテイノヒを使ってなお、ムを祓う事はできない。
「みんな…スサノオ!オレが倒す!」
カルラは怒りのままに立ち上がり、槍を手持ちでスサノオに突き出す。だが、やはり何の効果も無い。更に、カルラの動きが封じられた。侵食され始めている。
リュウラはドラゴンインパクトを繰り出そうとするが、恐らくスサノオもムも倒せず、カルラのみを吹き飛ばしてしまうだろう。

その時、ラセツが動いた。ハデスフレアの力を右腕に蓄積したまま、ハデスウ゛ァジュラでカルラを突き刺したのだ。

「ミウ!?」
ハデスウ゛ァジュラは強く輝き、侵食されたはずのカルラの体が回復してゆく。
ラセツは、剣を通してカルラに力を送った。そもそも回復のための手段だったのだ。そして、もう一つ。
ラセツの右腕の輝きが、全身を覆い尽くしていく。
「ミウ…やめて…」
 茫然自失で呟くカンナ。彼女は気付いた。妹の無茶な攻撃を。
ラセツは既に全身が炎と化している。
手出しできないレイヒュウゴのユリノへミウのテレパシーが飛んだ。
「お姉さん、やっぱあたし、頼らない。」
 言うや、ラセツは己の胸をハデスウ゛ァジュラで貫く。全ての力が解き放たれ、スサノオを爆炎に飲んだ。
 カンナは動けなかった。それはほんの一瞬だった気もしたし、永遠の時間のような気もした。次に動けたのは、倒れている妹を発見した時だった。
「ミウ!…何で…こんな…」
慌てて助け起こすが、鼓動は異常に遅くなっていた。
「いや、自爆ぐらいしねーと…アイツ倒せない…と、思ってさぁ」
カンナはひたすらに首を横へ振る。喋るんじゃない、との意だ。だが、妹はその意に反抗する。
「何で、人を悼むのか分かったよ…人は、死んだ人の志を…引き継ぐ為に、悼むんだ…」
カンナは首を縦に振る。分かった。理解したとの意だ。

「あたしと…母さんの志、託したよ。…お姉ちゃん」

言ったきり、ミウはもう動かなかった。

 爆炎が止み、立ち上がってきた者が在る。スサノオだ。
「貴様…楽には殺さん。」
リュウラも立ち上がる。ヒスイと龍が、怒りで完全に同調している。
それはスサノオへの怒り、ムへの怒りでもあるし、自分への怒りでもある。
何時もの優雅さはなりを潜め、とにかくパワーをぶつけ続けるスパルタンな蹴りを連発する。ダメージは与えられないが、感情の爆発で生じた力により、侵食もされない。

 カンナは泣いていた。両膝を突き。妹の屍をしっかりと抱き。そして、己に絶望した。
立ち上がり、スサノオに向き直る。

「殺して。もう、いい。」

スサノオの手から、暗闇が伸びる。それはカンナを包み、瞬く間に闇へ溶かしゆく。
闇の中、カンナは一瞬リュウラを振り向いた。

「カンナぁっ!」
リュウラは、ヒスイの姿へ戻り、闇へ飛び込む。

 湖畔の廟。複数の老人達が眉を潜めている。カンナと、自分の名前が聞こえる。自分が産まれた事を嘆いているようだ。神に仕える民の中で自分は
「神無」などという名をつけられた。それは結局、自分が持って産まれた巨大な力のせい。
 母親が見える。幼い自分を抱いている。妹はまだ産まれていないようだ。なぜ父親がいないのだろう?この民にはそれぞれ、産まれる前から役職が割り当てられている。
子供をその役職の後継者にするのが第一。感情は二の次。まず子供を産む事。だから父親は誰でも良い。
 様々な魑魅魍魎。いや、神々と完全生命体。自分が産まれなければ、こやつらが皆を苦しめる事もなかったのに。
そうか、やはり自分は生きていてはならない存在なのだ。これ以上、愛する者を苦しめたくない。ああ、あちらの光は暖かそうだ。これからあちらで過ごすとしようか。
光の前に誰かが立っている。すみません、入れてください。
「あん!?お嬢ちゃん、まだ早いんじゃねーのか?」
へっ?…あ、スガ教官!何やってるんだろう…
「ほら、もう帰れ帰れ。ゴジョウさんとか心配してるぞ?」
「スガさん、仮にも娘です。もう少し優しい物言いはありませんか?」
一人の女性が…母が歩いてきた。

「カンナ…七千年ぶりね」
母が、目の前にいる。抱きつこうとした。しかし、拒絶された。何で…?わたしはこちらの世界でも、ただ居る事も許されないの?
「違うわ。ただ、私達に憧れちゃダメ。取り返しつかなくなるわよ。」
母はそういう。スガさんが続ける。
「まあ、簡単なこった。俺達は死んでるんだ、お前らには生きてもらわんと。」
簡単すぎる、と思ったが、要は妹の遺言と同じ。人は死した者の志を継ぎ、もっと強く生きてゆくべきもの。
死に憧れるのは自由だが、それは逃避という。だから、自分が許されない存在と定義されているなら、なおのこと生きてやれ。
自分は、多くの人々の死をもって生かされているのだから。
でも母さん…わたし、結局ミウを死なせちゃった…。あのコの勇気、わたしには真似できない…怖すぎるの…
「人の思いは繋ぐ。己の弱さは受け入れる。それでいいの。」

そんな自分の腕を掴む者があった。
ひ…ヒスイくん!まさか…あの闇をくぐって来たんですか?もう…血塗れ…
 と、ヒスイくんはそのまま、わたしを抱きしめた。
「カンナ…済まない。君は俺を好きだと言ってくれたのに、俺はずっと答えを避けていた。」
 彼が涙を流しているところは初めて見た。
「逃げていたんだ…俺は…人の思いに応えるのが怖かった。済まない。逃げてばかりで済まなかった!
 カンナ、俺も、君が好きだ。」
 やっと…聞けた…。ありがとう、ヒスイくん。わたしも、大好きです。

 ふと見ると、周囲の暗闇が歪みはじめた。自分達の周囲に巨大な力が生じたようだ。
「兄ちゃん!すぐに逃げろ!」
 スガに急かされ、ヒスイとカンナは共にアクア・アイを握る。別れの挨拶をしようと母を振り返れば、そこに、妹もいた。
「ミウ…もう、そっちの世界の人なんだね。もう…触れ合えないんだね」
「お姉ちゃん、九尾狐だよ。クミホを漢字で書くと。覚えといてやって」
 ミウは一つ笑い、掌から炎をカンナへ与えた。
「あたしらの思い、託したよ。」
「その思い、確かに。」
 姉妹の絆を見届け、母とスガはヒスイへ光を与える。
「娘をよろしく」
「トキツグにもよろしく」
 ヒスイは、久々に、心から頭を下げた。

気がつくと、二人は揃って寝かされていた。ヒスイが起きた。
「格好良かったわよ〜」
 ゴジョウの声で気が抜けるが、有難いっちゃ有難い。
「スサノオとムは!?」
 その事なんだけどね、とヘキが現れる。
「カンナさんがムへ捕らわれて、君が飛び込んで、しばらくしたら恐ろしい力が生じたんだ。」
この力を受けたムは一時的に活動を休止、スサノオも沈黙したためトキツグが命拾いした、という。
「それからカンナちゃん、…だいじょぶ?」
 しっかりと首を縦に振る。と、自分の手に、バーニングウ゛ァジュラが握られているのを発見した。
ミウの物は「剣」であった。しかし自分が手にしている刃は、美しいカーブを描いた細身の…そう、まさに日本刀だ。
《手こずるようなら、私を呼べ。》
己の身内から、鬼神となった九尾狐=クミホの声が聞こえる。クミホ自身、口数が少ないタイプだったのがありがたかった。
思いは、確かに引き受けた。

「あ、ところで高天原だけど、別に全滅してるってわけではないみたいね。ただムに脅されてるだけみたい。」
そんな事をゴジョウが知っているのが驚きだと思ったら、そもそもゴジョウも光の一族だった。
 「その事なのだが、天龍神無姫。これを見てほしい。単なる水ではない。君の母、天龍雅姫が龍と融合した際生じた、『光の水』だ。」
 カンナは老師の話を聞く前に、周知の事実という風情で水に手を浸す。
 そういった周囲を横目で見ながら、ヒスイは身内の龍へ話しかけてみた。
「なあ、アンタ妙に無口だな」
「先刻、ムへ触れた。…多くを思い出した。」
そしてカンナも、微笑みを浮かべた。
「やっぱりそうだったんだ。母さん、あの詩、そういう意味だったんだね」
そう呟く。

無中龍明和合、開為大道

龍と光が虚無の中で交わる時、大いなる道が開かれる。
カンナは立ち上がり、宣言する。
「道とは、タオのことです」

数百億年前。全宇宙は「ム」が満たしていた。宇宙を風船とするなら、ムは満タンの水。何も産まれず、何も動かぬ時代。
だがある時、その永劫の闇に二つの「存在」が出現した。
一つは「龍」と呼ばれ、もう一つは「光」と称された。
二つが交わった事で、全ての存在の始祖たる混沌「道」(タオ)が生じた。
龍はタオに「命」を与え、光はタオに「魂」を与えた。
結果、宇宙には生命と呼ばれる存在が溢れる事となる。
しかし、発生したものの龍の手で封じられた生命の形もある。邪仙と呼ばれるものもそうだ。
ともあれ、生命とそれが生きる星に宇宙は埋め尽くされていった。そんな宇宙にムは不要で、星と星の間に入り込み黙っている他無かった。
タオは「盤古」という段階を経て、神々をも産み出す事になる。龍は素性を隠して神々の集いに参加する内、創造主の一人であるという己の正体を失念してしまった。
一方の、全ての魂の始祖である光は、全ての命の始祖である龍の様に数百億年を生きる事はせず、己の魂のみを残して様々な生命の形に転生し続けた。
そして七千年前。光は地球に人間の姿をもって転生した。

「それが、わたし」
 カンナはムと光の水に触れ、全てを思い出した。そこにいたほぼ全ての人間が固まった。眼前の少女が、宇宙の創造主。
しかし、ヒスイは冷静だった。
《宇宙開闢の相棒か…懐かしさを感じるのも道理か。》
龍のどこか呑気な口調が笑えたからかも知れない。
では、とヒスイは考えた。先程カンナを抱いた際に発生した巨大な力は…
「ムの中で龍と光が交わる時、巨大なタオが発生する…。」
 はからずもあの時、宇宙開闢が再現されたのだ。そして、かつて自分を追いやったタオを恐れ、ムは沈黙した。
 では、ムにも感情や知性があるという事か。確かに、知性や感情がなくば、恨み重なる龍と光を邪仙を使役して襲ったりはすまい。
ならば。ヒスイに笑みが浮かんだ。思わず立ち上がり、ゴジョウへ進言する。
「大宰!ムは、葬れます!

 レイテイは大騒ぎになった。ヒスイの案により。
ヒスイとカンナが再びタオを放ち、ムを不安定な状態へ追い込む。そこへ呪法の一つ、禁呪を鬼道機関を結集した最大の威力で展開する。禁呪とは、対象を自在に操る能力。
これで、ムからその感情、知性のみを切り離し、何らかの依代へ憑依させ、その依代ごと粉砕するのだ。

 こういう作戦で駆り出されるのがヘキとユリノである。
「たく…カンナがそんなに偉いコだったなんてね!」
鬼道機関の最終調整をしながら、結局のところイラついてらっしゃるユリノの愚痴を聞くヘキ。
「ただまあ、人として産まれたんだから、今は変に意識しないで良いんじゃないかな?」
 ヘキは常に冷静である。

「おにぎり食べる?」
 ワタリベの妻、フユミが緊急食糧班という名目で駆けつけた。で、トキツグにおにぎりを渡す。
「良かったねー。帰ってこられて。」
 フユミの笑顔に苛立つトキツグ。
「みんな冷たくないすか?ミウは死んだんですよ!」
 フユミは動じなかった。
「今は前だけ見てないと、肝心なところで転んじゃう。」

「爺さん、力仕事できんのか?」
ワタリベは黒濠老師を心配する。老師は自分の連れてきた法師らを指して笑う。今度は以前よりうまく笑えた。
「我らはそなたらの鬼道機関による攻撃を援護する。肉体労働はそなたらに任せる。」
 機関の調整手伝わんかー、と、ワタリベは爺さんを小突く。ワタリベらしい豪快な笑顔で。

「ゴジョウさん、ウルトラマンさん達の存在を前提に策を立てるってのは、あなたらしくないねぇ。」
 軽口を叩くツルギヤマ。ゴジョウはあっけらかんと答える。
「マミヤヒスイが、ウルトラマン自身が提案した策です。我々は、それを手伝うだけ。」
 なるほど、屁理屈だが道理は通る。
「ウチの大将はね、こうやって出世してこられたんですよ。」
 付け加えるフナト。ワタリベの父、ワタリベ幕官は不謹慎だと怒るが、ツルギヤマは素直に笑った。

おにぎりを平らげ、トキツグは転身聖具サンダーボルト・クローを召喚する。
「ガルーダ、オレたち、勝てるのかな…。」
《努力しても勝てない事がある。努力を怠っても勝てる事がある。…ニンゲンは、命とは面白いな。》
 ガルーダも、妙に悟りはじめたようだ。思い出した。かの巨人は無事だろうか?
「な、ダイゴさんならどう言うと思う?」
《彼なら…自分にできる事をやる、と言うかな?》

《天龍神無姫、正直、私は然程大きな力は発揮できない。》
 今はカンナの中にいるクミホ。自爆時のダメージは殆んどミウが負い、自分はミウから強制的に脱出させられた。
契約を破棄して無理に分離するにはかなりの力が消耗される。その上、自爆のダメージを少しでも高めるため、ミウはクミホの力を自分の体内に蓄積した上で脱出させたのだ。
だから、クミホ自身が発揮できる力は多くない。足手まといになる事を危惧しているようだ。
しかしカンナは、全く気にしていない。
「大丈夫。わたしの力で手伝うから。」
 妹の死を、妹の思いを無駄にはできない。ムを討つ。泣くのはそれからで良い。

「呆れたぞ?創造主が己の素性を忘れるとは。」
 ヒスイはねちねちと龍を追及していた。龍は全く気にしたふうもなく
《お前達の一生の数億倍だ。齟齬も生じよう。》
 とか、さらっと抜かす。
「…アンタはなぜ、自分達が産んだ邪仙を封じたんだ?」
《邪仙は…完全なる生命は、美しくなかった。お前達不完全な生命は、一匹が生きれば一匹が食らわれて死ぬ。寿命もほんの僅か。いわば、お前達は死を眼前に一瞬を生きている。
 我は、その不完全で危ういお前達が、美しいと感じた。故に、邪仙を封じた。》
 ヒスイは、何も言えなかった。あくまでもカンナのためにだけ戦っていると思っていたが…やはり龍だ。圧倒された。
再び黙りこんだヒスイ。だが沈黙は長くなかった。
《マミヤヒスイ、出番だ!》
 龍の声が響く。
一拍遅れて、レイテイ艦内をユリノの声が支配する。
[伝令。敵神スサノオ、活動再開した模様。各兵、各将、急ぎ持ち場へ。この戦、宇宙の未来を決定づけると心得よ。]

 ヒスイは、龍へ問う。
「アンタと光と不完全な生き物が肩を並べて戦う。どうだ?」
《…心地よきことよ。》

スサノオの周囲へは、既に無数の邪仙が待機している。ムに呼ばれたか?
「ヒスイくん、スサノオはわたしに任せてくれませんか?」
 カンナが問う。好きにすれば良いと答えた。
「行くぞ。君が宿主、マミヤヒスイの名において命ずる。龍、明、和合すべし。出でよリュウラ!」
ヒスイを、光の水が包み込む。

「君が宿主、ロクドウトキツグの名において命ずる。翼、雷、和合すべし。出でよカルラ!」
トキツグを光の稲妻が貫きはじめる。

「君が宿主、天龍神無姫の名において命ずる。鬼、炎、和合すべし。出でよ…ラセツ!」
抜刀するカンナ。零れた涙を受けた刀身が、紅い炎と蒼い光を同時に放つ。

舞い上がった光の龍は、ウルトラマンリュウラ・コウの姿を成す。
同じく光の鳥神もカルラ・ガイの姿となる。
そして、炎から飛び上がった九尾の狐は、蒼い光の中でウルトラマンラセツへ転身。紅い体を守るその鎧は、ミウの金色ではなく、蒼緑。どこか翡翠を思わせた。
ウルトラマンラセツ・リン。推参。

リュウラとカルラは邪仙、ラセツはスサノオへ向かっていく。
一方、レイハも作戦を開始した。現時点で使用し得る全ての鬼道機関をレイテイの砲台へ連結、リュウラとラセツがタオを産むのを待つ。その間レイテイへ襲いかかってくる邪仙は
「ミウツシノヤイバ、起動!」
ユリノが何とかする。
 スサノオは全身から放つ「力の波」でラセツの粉砕を狙うが、彼女はただ手をかざしただけで力を消し去ってしまう。闇による侵食も、一切効果がない。
やけくその肉弾戦でさえ、圧倒的なスピードで全てを受け流してしまう。
逆に掌底を食らったスサノオ。その部位から、光が自分を逆に侵食し始めている事に気付き、悶絶する。
ラセツの手に、光の刀が煌めいた。刀と認識する前に、居合い抜きが一閃した。
振り返りざま、右腕に光の炎を集約するラセツ。ミウとは異なり、突き出した開き手から炎を放つ。直線的な軌道を描いていた炎は、空中で突如分裂。
クミホの尾にも鬼の手にも思える禍々しい姿へ変化し、スサノオを掴み潰すかのように焼き尽くす。

ラセツ・リンの最強奥義
鬼神総凛焔オーガインパクト
である。

シャイニングボムで邪仙五、六匹纏めて葬るリュウラ。
スサノオが倒され、ムは空中に暗闇としての姿を現した。
「カンナ!行くぞ!」
リュウラとラセツ、両者のカラータイマーから照射された光が混ざりあい、ムへタオを与える。
「今よ!鬼道機関、全解放!」
レイテイから、軍日本基地の総力を結集した呪力が放射される。呪はムを直撃し、その力と意識を切り離…そうとしているのだが…
「ま…まだなのか?」
ワタリベが焦る。ヘキが調べる。すると、
「黒濠老師、鬼道機関の始動に琥珀を使っておられませんか?
 レイテイの鬼道機関に向いているのは水晶なんです!琥珀では極性が違いすぎる…逆に出力を低下させてしまいます!」
 ムは、弱体化した呪を再びエネルギーとして吸収しはじめる。
「何という事だ…みな、即刻水晶へ切り替えろ!」
老師は法師らを急かすが、間に合わない。ムはまたも力を回復させている。
「我々の責だ…申し訳ない…」
「僕の方こそ説明が足りませんでした…」
己を責める老師とヘキ。
「何てこった!…お?」
ワタリベが、四方八方からムへ注がれる光に気付いた。ムは、再び規模を縮小させはじめている。諸国軍が開発した、量産型鬼道機関。その援護射撃だ。危機を前にし、全ての国は、まとまった。
「策…成れり。老師!攻撃再開!」
ゴジョウの声に従い、老師らは水晶へ切り替えて再度鬼道機関を解放する。
 ム、と呼ばれる暗闇は消失、ムの意識は周囲の邪仙へ移された。策は、成功した。残るは、ムの意識を砕くのみ。
数百億年溜め込まれた鬱憤は半端ではない。ムの意識は邪仙全てを吸収し、巨大な肉塊と化した。だが…存在する敵なら、倒す事ができる。

三人のウルトラマンは宙へ舞い上がる。
セントラルスラップ、ハデスウ゛ァジュラ、ドラゴンカムイが肉塊を苛んでゆく。
そして、カルラが投げる光の翼槍 鳥神総凱破ウィングインパクト
ラセツが燃やす光の炎 鬼神総凛焔オーガインパクト
リュウラが放つ光の龍王 龍神総恐撃ドラゴンインパクト
の同時発射が、邪仙の肉塊もろとも数百億年の怨念を、虚空へ還した。

《殺してくれ…》
 カンナの前に横たわる傷だらけの青年が呟く。
「それが貴方の本性なんですね?スサノオ。」
 スサノオには、二つの側面があった。邪悪な暴神としての姿。もう一つは、知的で優しい英雄神。
《私は…暴神の姿を幾度も捨てようとした。だが…暴は私を魅了してやまなかった。私は…弱い存在だ。己が暴に酔い、封じる事もできなかった!》
 だから、優勢になる度に己を取り戻し、逃走していたのか。
カンナは、刀を腰へ直す。
「高天原へ帰りなさい。」
 スサノオの力は、ラセツが全て焼き払った。もはや何の力も発揮できない。だから、高天原で心を暴へ支配されれば、間違いなく殺される。
「それを心に刻んで、罪を償い続けてください。」
 スサノオは、驚愕しながらも笑んだ。カンナは続けた。死に憧れるのは、単なる逃避だと。
そして、空を見上げて言う。
「セイオウボ!アマテラス!スサノオに贖罪の機会を与えなさい。嫌とは言わせません。」
 ムの脅威が去った高天原。二人の女神は、少し困った表情で、それでも頷いた。

 「只人の絆。見せていただいた。」
 黒濠老師は、法師らを引き連れ、また神山へ帰っていった。今度は只人に、もう少し役に立ちたいと言って。
 「いや〜ツルギヤマ将軍!実にお見事な策でございました!」
「鬼道機関量産の件?あれなぁ…実はあっしの策じゃないんだよね。」
そう言うと、夕日の中、指を指す。その先には、ゴジョウがいた。

「カンナ、殺さなくて良かったのか?」
「殺したかった…かも知れません。でも…見極めたかった。」
高天原への帰路につくスサノオを見送って、そんな事を話した。
「カンナ、自分を偽っていないか?別に頑張れとは言わん。妹が死んだんだ。悲しくて当然だろう。」
「ヒスイくん…ミウが…ミウが…うわぁぁぁんっ!」

 一夜明けて、ヒスイ、トキツグ、カンナは、レイハの仲間達の前で、神と分離した。もはや神も邪仙も来られまい。故に、自分たちがニンゲンだけを守っている訳にもいくまい、との事らしい。
ガルーダは高天原へ帰り、スサノオと反カンナ派を監視するという。
クミホは、冥界での執行人に返り咲く予定だ。ミウと母さんとスガさんは処断しないでね、とカンナが念をおしていた。
「で…龍、アンタは?」
《春日で白虎らを手伝う。地球に…骨を埋めると言うのか?》
 確かに、特に白虎は四神獣である自分たちが龍の不在で三神獣となっている事が気に入らないようだった。

《マミヤヒスイ。カンナを頼む。》
龍は昇り始めた。
「すっかり世話になってしまったな。」
龍は、ヒスイを含めた全員を見渡し、こう付け加えた。
《人間よ。後はお前達へ委ねる。》

 「行っちゃいましたね。」
 カンナがポツリと言う。
「ヒスイくん…結婚しませんか。」
 カンナがポツリととんでもない事を言う。
「何…を唐突に?」
ヒスイも咄嗟の事でパニクっている。周囲に至っては凍っている。
「ヒスイくん、今のわたしは人間です。人間の体はいつか滅ぶ。でも、わたし自身は死なないんです。例え肉体が滅んでも、わたしは死ねない。」
 ヒスイは、カンナの意図が今一掴めない。
「だから、人間でいられる今は、最期までヒスイくんと一緒にいたいんです。人間として生きてた事、後悔したくないんです!」
 ヒスイは、一つ頷き。笑んだ。
「カンナ、君は俺達全ての命に、未来を与えてくれた。だから俺の未来を、君へ返そう。…至らぬ夫だろうが、よろしくお願いします。」


 それから数百億年が過ぎた。宇宙の形も随分変わったものだが、ある星は未だに変わらない。地球と言う星。
星の軌道上を、「龍」が舞っている。そこへ接近する、眩い「光」。この二者にとり、地球は思い出深い地なのだ。
かつての龍の戦友、そして光の最愛の人が、ここに眠っている。
《今日も、宇宙は、平和だよ。》
光は、カンナは地球に眠るヒスイに意思を伝える。彼の志「平和」を自分と龍は受け継いでいるから。

 無論、地球の地形は大分変わっているのだが、大体何処に何があったというのは記憶している。例えば、日本帝国 帝都 東京。かつての基地。

 ムを葬ってから数日後、レイハの七人とフユミとトキツグは、壊滅した基地の前に集結していた。基地修繕作業を手伝えとのお達しだ。

「ホントにあのボロボロな基地を修繕するんですか!?」
ユリノはイラついてらっしゃる。
「あの、大宰、これって僕たちが手伝うべき事なんでしょうか?」
根本的なところを聞くヘキ。
「や〜ねぇ。手が汚れちゃう。」
そもそもゴツい手をなぜか労るフナト。
「まあ良いだろ。我妻、メシ作って待っててくれ。」
陽気なワタリベ。
「じゃオレもフユミさん手伝って待ちます!」
「おめーは肉体労働だよ。」
意外に調子の良いところをみせたトキツグと、押しだしで追い払うフユミ。
「さ、レイハ。修繕作業に出陣!」
なぜか元気なゴジョウだが、部下達の御意の声は弱々しい。

腕組みしたままのヒスイ。気は乗らないが、仕事だ。
「やれやれ…始めるか、カンナ。」
「うん。行こ、ヒっくん!」
 ヒっくんと呼ばれた瞬間ヒスイは死にたくなった。
しかし、彼の腕を掴み、基地まで引っ張ってゆくカンナの笑顔は、輝いていた。今までで最も。

ウルトラマンリュウラ  完
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